講談師・神田陽司のテキストブログ


by yoogy
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【執筆日記】表参道にて


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地下鉄から地上に出、静かな坂道下りながら小学校を左手に見て右手に曲がって左に曲がると、突然太陽の輝いている庭がある。それが「岡本太郎記念館」。かの天才の自宅アトリエの跡だという。

中に入ると実にシンプルで質素な家である。展示室らしきものもひとつふたつあるだけ、しかし、アトリエはまだ床に絵の具も乾かぬが如くに残され、創作するものの戦場の匂いがする。

なんとか出口を見いだしたくて太陽の塔のまわりをめぐり巡っている。

小松左京氏の『巨大プロジェクト動く』(廣済堂出版)を読むと官僚的な万博機構側と市井の学者・作家たちのスレ違いがよくわかり、結果として、岡本太郎を取り込むことができたのも小松氏の器量によるものだったことがよくわかる。(余談だが『日本沈没』の編集者は亡き二代目山陽のご次男である)。

『疾走する自画像』(みすず書房)の中には、岡本太郎が二代目山陽と同じく30歳を越えてから送られた中国戦線のことが書かれている。パリ留学から引き上げさせられ、地獄の新兵調練の中に叩き込まれた太郎氏は「上官のビンタは四人目が一番キツイ」ことを発見し「それなら俺がいつでも四番目に出てやる!」もちろん、その制裁は不条理そのもののリンチに過ぎないのだが、その暴力からも逃げない。常に「危険だと思われる選択」に自分を賭け続ける。本物の反骨精神。これが、ほとんどの前衛芸術家・作家が忌避した万博への参加を決意させたもののようだ。

芸術家にはなぜ反骨精神が必要なのだろう。それは権威というものが属性として秩序に向かうものであるのに対し、芸術とはその秩序から零れる、溢れるものを素材とするからに違いない。権威は時に政治であり、時にシステムであり、時に理性であり、時に調和でさえある。

正直、岡本太郎には主題というものがそんなに多いとは思えない(おいおい)だが、その少ない主題に全身全霊でぶつかっていく種類の芸術家ではないだろうか。そのうち美術館の方にも出かけて一日対話をしてみたいと思った。

そのあと、マイミクの発作まんじゅう氏と渋谷で食事。あの万博がいかに自分たちの世代に覆いかぶさっているかを話す。かくも記憶の中で理想化された万博。ともすれば浮薄な未来イメージの寄せ集めになりかねないあの万博に、太陽の塔は文鎮のように作用し君臨していた。

そろそろ、原稿を書くにあたって、水面から最深度のところまで達したように思う。さて、浮かび上がれるのか・・・。
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by yoogy | 2008-03-13 18:13