講談師・神田陽司のテキストブログ


by yoogy
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私の涙は軽い

一日に2回くらいは泣く。物理的に涙が出る、という意味だが。もちろんアクビなどではなく、感情の高揚で。主因はテレビとネット。文章でも簡単に泣く。演出にもコロコロひっかかる。

震災以来、悲しみの表現も感動の表現もテレビには溢れ、批判すべき大安売りの現実の切り売りにもすぐに籠絡される。二時間もテレビを見ていると体内の電解質が不足してスポーツドリンクが必要になるくらいだ。

だから、そういう「意図的な」もので泣く場合は深い意味はない。

『もしどら』のみなみがドラッカーを読んで流す涙はそんな軽いものではない。(3/10の日記参照)。それは世界の深遠に触れた感動の涙であり、その場かぎりのものではない。

今日、ふと「意図されぬ」涙が出た。

「JR東日本は28日、運転を見合わせている東北新幹線を4月下旬に全線で運行を再開する見通しであると発表した」というニュースを耳にした時だった。

「そういや開通したばっかりだったな…」と思った瞬間だった。



・・・・ほんの三週間前のことだ。どれだけの人の手をもってこの青森まで開通したんだろう。そして、どれだけの人がよろこび、また、そこに乗るはずだったんだろう。当然、それを使うのは今回の地震で最も大きな被害を受けた地域の人々だったはずだ。


運転再開を喜ぶ涙ではないのだ。総延長674.9kmの、新幹線を一度は利用したであろう、これから利用するであったであろうすべての人々の、どれだけの日常が、どれだけのよろこびが、どれだけの笑顔が、このわずかの間に失われてしまったのだろう。存在したはずのどれほどの感情が、どれだけの涙が、流れることも知らず消えてしまったのだろう。






流れる涙の物理的現象は同じだ。化学的成分も変わりはあるまい。だがこれは、ドラマを見て流す涙とは、自分の中ではほんの少しちがう。



今日、はじめて、今回の震災を実感したということだ。
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by yoogy | 2011-03-28 15:46