講談師・神田陽司のテキストブログ


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金八先生ファイナル

「黒歴史」【くろれきし】忘れてしまいたい過去。例・私の卒論は金八先生でした。




いいわけをぶっておくと、『テレビドラマ論』で、実は金八先生で第一章を書いたあと、「これじゃいかん」と思い直して記号論(という学問が当時トレンドだった)を使った佐々木昭一郎や俺たちひょうきん族や「天下御免」論にした。だから卒論は金八論だけが独立している。てか、ただの感想文になっている。

いつもの「分析」は必要なかろう。一種の「世代ドラマ」であり、第二シリーズの「腐ったミカン」とかはほぼ「万博」並の共通体験であると思う。特に同世代の人間にとって、自分たちが身につけているのと同じ学生服の、ろくでもない日常を生きている人間にとって他人ごとではなかったから。

「荒れる学校」を経験しない人間にはした人間の生活はわからない。イジメを受けた人間の内面はそう簡単に想像できない。そういったことをそれなりのエンタテインメントを伴って垣間見せてくれるのが金八シリーズだった(のだろう。実は23年前の卒論の時点ですでに「古くなったドラマ」として論じていたくらいだから。シリーズでいえば1と2と5の一部しか見ていない)。

今日のラスト、一時間、ただ卒業生の名前を呼び、数秒の登場シーンを見せるだけで成り立ってしまったドラマに、この作品の価値があるのだろう。

自分も、教育実習に行った覚えがある。よく考えてみれば、大阪府の教員採用試験を受けたような記憶がある(本当に曖昧なのだが)。思えば覚悟もなしによくあんなことができたものだ。けれど、やはり時折、教師として過ごした自分の仮定法過去が浮かぶことがある。講釈師も「先生」と呼ばれてはしまうのだが。
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by yoogy | 2011-03-27 15:45 | レビュー