講談師・神田陽司のテキストブログ


by yoogy
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今日は「千葉龍馬会」での講演+講談。

龍馬について「講演」などというのもおこがましいが、ドラマなどで混乱した龍馬像を「否定せず解説」することで龍馬についての興味・理解が深まってくれればと思う。

今年はずいぶんいろんなところで講演したし、バスでも喋ったが、外せないのは「大政奉還の意義」ということになろうか。カントの「永久平和のために」が龍馬の理念(戦争は商業にとって障害である)という立場から「平和主義<者>でない龍馬」「功利主義と理想を両立させる龍馬」を描くのが自分のテーマとなってきているわけで、それが自分のオリジナリティだと思っている。

講演ではついつい「龍馬さん」と勢いで言ってしまうが、自分にとって「龍馬」は「龍馬」である。

「さん」なんて距離を置く必要があるのだろうか?

そりゃあ、肉親とか、せいぜいご子孫の前でなら敬語も必要かも知れないが、少なくとも歴史上の人物に対しては「敬意」をあらわすことで客観的に尊敬をあらわすより、呼びすてにすることで自己と一体化する方がいいと思う。歴史上の人物の現代における存在意義の第一はそれである。一体化してその理想を学ぶのに「龍馬サンにはかなわないけれど」なんて客観化してどうする? と思う。まあ、コスプレするのとはまた話は別だが。

自分の中の思いは「龍馬を<主義者>にしたくない」ということなのだ。<主義者>が不必要だとは言わない。<主義>という明確な大義をかかげて運動を盛り上げる局面も時には歴史に必要だろう。だが、坂本龍馬の行動は<主義>として確立する以前のダイナミズムに支えられていると思いたい。だから、どこぞのドラマで「おれたちは私利私欲を捨てよう」なんて龍馬を見ると腹立たしい以前に悲しい。結局<主義者>にしたてあげることでしか龍馬を表現できないのかと思ってしまう。

なのでこの、10年も前に書いた龍馬の「普通選挙制の出会い」という「らしい」副題は、寄席でもめったにネタ帳に書かないほどに、皮肉たっぷりのものである。内容はズバリそのものなのだが、ふた言目には「身分制度をぶっ潰す」という熱血龍馬もいまひとつ好きになれない自分の最大の皮肉である。

あとから気付いたのだが、このネタは、呼吸が「熱海殺人事件」というか、つかこうへい氏の影響をモロに、というか、ほとんど盗作レベルのところもあるんだよなあ。と、書こうとして、もうひとつ、高校時代に観た「旅~生きて再び」という創作演劇にも同じ謎解きがあったことを思い出した。何にせよ、「新作講談」というより「演劇」の呼吸が色濃い話だと思う。だからわりと簡単に舞台化、映画化できる気がする。

まあ、それはそれとして、まだしばらく龍馬ブームは続きそうなので、動画アップなど頑張ってみよう。
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# by yoogy | 2010-08-29 23:37 | 高座
今日はマンションの夏祭りで『坂本龍馬~龍馬志を抱く』。普段のネタ帳には「抱志」と書いている。記念すべき龍馬講談の一作めだが、まさか「辻講釈」(オープンスペースでの講談)で龍馬をかける日が来るとは・・・。(正確には、昨年、広島の福山で一度やったか)。

野外で寄席芸をやるのはなかなか難しい。もともと前座・二つ目の頃にはモロに「大道芸」で食いつないでいた身としては、あれだけ見せるための仕掛けのそろった「ガマの油」ですら観客を引き止めるのは難しいのだから。だからあの頃に身につけたテクを駆使して、いかに「本題」である講談を聞いてもらうか、の勝負になる。

さらに「本題」に入っても細かい描写は集中力的に無理がでる。それでも夜がとっぷり暮れてスポットライトで抜かれている場合は時として寄席並の場の集中が起るのだが。

それでも「本題」だけで20分、枝葉で10分、サービス部分5分(これは「講談」の後味を薄める危険があるのでいつも悩むのだが)。楽しんでいただけたようで幸い。

明日は龍馬会での講演なので、今日とは違い、かなり詳細な龍馬論にしてみたい。ただし、オリジナリティを忘れずに。

ううむ、普通の日記だなあ。
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# by yoogy | 2010-08-28 20:17 | 高座
本当は【批評】と銘打って本腰入れて書くつもりだったのだが・・・。

初めて「iPad」の欠点を知った気持だ。いや、電子書籍の欠点というべきか。いままで電子書籍では、青空文庫の古典のほかは『志 孫正義正伝』『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』そして『拝金』と読んだ。購入がオンラインで済むので躊躇もなく、電子書籍だからこそ読んだのだと言えるかも知れないが…。

「書き込めない」

私は本というのは汚せば汚すほど愛着が出るものと信じている。古本屋に売ることもできず、本かノートかわからないくらいになることが本を愛することだと思っている(一種のフェチなのでマンガ以外はめったに売らない。マンガには書き込みしないから)。ところが、現時点での欠点ではあるだろうが、電子書籍は「書き込みができない」仕方ないのでメモ帳開いたり、「しおり」機能のあるものもあるが、この『拝金』にはそういうオプションがなく、それなのに三冊のうちで一番価格も高かった。なんでいまさらホリエモンに大枚千円も払わなきゃならんのか、と腹立たしいのは事実。

そして、批評を書こうにも、しおり機能もないし、パラパラとアンダーラインを引いたところを確認もできないから、まさしく「印象批評」にしかならないから「感想文」としておく。

では感想。

ホリエモンは自分が思っていた人間像を寸分裏切らない人物だった。

ホリエモンを論じる時、確実に「金」の問題を論じることになるわけで、絶対に冷静に論じることはまともな人間にはできない。彼が「何の努力もせず」右から左に数百億円を得たことを認めてしまえば、自分の人生観すら揺らぎかねない。虎の檻の中に入って虎を観察することが不可能なのと同じだ。

この『拝金』の中で、自身がモデルとおぼしき若者は、「オッサン」(これも自分がモデルなのだろう)に導かれてゲーム開発を切っ掛けに「ヒルズ族」として時代の寵児となり、ホリエモンの駆け上がった道とほぼ同じコースを成り上がる。その成り上がり方は上品なものとはいえないが、それに耐えて読み進むと、「バッファローズ買収騒動」から「フジテレビへのTOB」へと話が進んでゆく。当時の成り行きをフォローしていた人間にとっては大変興味深い。まるで客席で見ていた手品を、こんどはタネがまる見えのバックステージから見ているような。

そして、いろいろ溜飲がさがる。「ホリエモン」を時代の寵児と見ていた時、彼が壊そうとしていたものに感じていた反感を、彼の逮捕という事実によって否定されたと思っている人には是非読んでほしい。あの爽快感が戻ってくる。「滅びるべきものは滅びるべくして滅びよ」バブル時代ですら感じられなかった「進歩」というものが一人のカリスマを通して感じられる快感、とでもいおうか。

だが。

だが。

彼はしかし「英雄」ではなく「マジシャン」だったことも、バックステージに回ればよくわかる。ゆえに、その「手品」を信じてしまった人間がやがて道を見失い絶望していったことにも思いいたる。「自分が一生かかっても稼げない金をあっという間に手にしてしまう」ことも、その金が本物だとしても、それは「マジック」だったのだ。タネを知っていれば誰でもやれた(もちろん、才能と努力は確実に必要だったにせよ、ホリエモンでなければできなかったワケではない)だが、ルビコンを渡った人間はやはり評価されなくてはならない。

いま、今日、話題の日本のエライ人をどうしても好きになれないのは、ライブドア事件の時、彼は凡庸な法律論を述べることしかできなかったという記憶があるからだ。マジシャンは詐欺師ではない。法律を犯すことはもちろん肯定できないが、そこに存在するさまざまな多様性を認識した上で法律を根拠として「あえて」選択するのととりあえず法律を持ち出しておくのとでは天と地の差がある。かの人に「革命」はできまい。

ではホリエモンを「革命家」とまで評価していいのかというと、本人もわかっているのではないかな「今のままでは否だ」と。だからこそ、あえて自分の「成功」の顚末を「操られた」ものとして描いたのだと思う。

『拝金』は読まれている。だが、たとえばツイッターで読むような感想の多くは、ライブドア時代の「カリスマの夢をもう一度」としてしか読んでいなくもなく見える。あえて言う。これは彼の「自己批判の書」でもあるはずだと。


ドラマ『ハゲタカ』とこの『拝金』。ふたつのフィクションは、いっこうに出口の見えない「市場至上主義社会」の出口をクラインの壺のようにかいま見せてくれている、はずである。
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# by yoogy | 2010-08-27 00:14

【ネタ帳】「外郎.売」

あまりにもブログの更新が少ないので、その日の「ネタ帳」として、高座でかけたものやケイコしたものについてつらつらと。

まずは「外郎売」。これはこうだっとしてのネタがあるわけではなく、もちろん、歌舞伎十八番の中に出てくる有名な場面。俳優やアナウンサーの基礎訓練としても多く用いられています。

小学生の時から演劇部だった自分としては(中学にはなかったけど)ほぼ頭に入ってますが、最後までスラスラ出てくるかというと自信がない。講釈師になってからは「鉢の木」という神田派のテキストがあるのでそればかりやっていましたが、講談を含む喋り一般にはこちらも重要。そして、声優の柴田秀勝さんが若い時にこれだけをやらされた話を聞いて、以来毎日欠かさないようにしています。

某大学の演劇サークルでしぼられた時、「武具馬具武具馬具三武具馬具」がどうしても言えなくて怒鳴られたので、いまでもやるたびトラウマが・・・。

まあ、こんな感じで一言だけでも書くように心がけてゆきます。
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# by yoogy | 2010-08-25 22:11
【MIXI日記より転載】

※私の携帯電話はdocomoです
※私のiPadはwi-fiモデルです


http://www3.stream.co.jp/www11/softbank/ja/press/20100625/index.html

昨日、株主総会のあとに行われた、孫正義氏の講演(?)。会場で聞いた。
本人は「大ボラ」と言っていた。正鵠を射ている。「今後30年のソフトバンクのビジョンを発表します」といいながら、始まったのは「実は300年のビジョン」なんです。「私の人生にとって一番重要なスピーチとなるはずです」語り口はあいかわらずメリハリがないが、これがこの人の話術なのだろう。

繰り返されたのは「情報革命で人々を幸せにする」それが300年のテーマだと。そのために「まず、悲しみとは何か、喜びとは何か」を定義していく。その「減少と増加」が「幸せ」ということだ。なんか、どっかの総理大臣みたいなことを。

いただけなかったのは「悲しみ」の初っぱなに「死」を持ってきたことだ。統計を取ったというが、これはよくない。「死」を扱えるのはたぶん未来永劫宗教だけだ。「死」は医療問題ですらない。「情報技術」が死の問題に触れないのは大前提・・・というか「人の実存において触れない部分」が「死」の定義であることを忘れてはいかなる原理も打ち立てられないだろう。

それでも氏は「悲しみをやわらげること」を「幸福」の定義として語り続ける。なるほど、表面的な「孤独」ならば情報技術でも癒すことは可能だろう。

次に情報革命、なかでもコンピュータの発達について。株主総会であることを意識して(高齢者が多い)「脳のシナプス」にあたる「コンピュータの部品」を「トランジスタ」と言っていた。自分も講談でよくやる手法だ。間違っていなければ即時に理解可能な単語のをセレクトする。「半導体」よりもやはり「トランジスタ」がいい。

うまいのはその単位数が増えてくると、いつの間にか「素子」という表現に変わっている。「あれ? トランジスタじゃなかったのか?」という疑問を抱かせないほどにシームレスに。まるで神田陽司がブレーンに入っているような単語のぼかしかた。

とにかく、あと「8年でコンピュータは人間の脳を超える」と主張。これまた、「8年」がうますぐる。理由は上にも書いたのと同じ。株主のみなさんが「将来」として明確にイメージし得る限界をよく知っている。

その論に根拠を与えるために、コンピュータの発達史が続く。

(この項続く)
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# by yoogy | 2010-06-26 18:20 | 記事
もう6倍も芸人の人生が長くなってしまったが、かつて「シティロード」という雑誌の編集をやっていた。

社会人デビューがいきなりマスコミというと華やかなようだが、労働条件などはどう考えても平均以下で、それでもまだバブルの名残りがあったし、「面白い仕事をやっている」感が強かったので今にして思えば懐かしい時代ではある。

なので、自分が雑誌の取材を受ける時にはついつい気を使ってしまう。
一番いけないのは、カメラを向けられると思わずレンズを「よけて」しまうことだ(笑。編集者が取材対象の撮影を邪魔してはいけない。タッタ三年でも、やはり最初の社会人経験の影響は大きい。

「日経トレンディ5月号」(写真)。「都心だから味わえる<龍馬巡り>」の取材を受けた。これがまたこちらの手違いで、当日現場でその旨を聞いた。まあ、いまさら取材に動揺するキャリアでなし、全国放送の生中継ででもなければ普段通りにこなせばいいだけ。

取材されているとだいたい記事の大きさも想像がつく。写真も撮ってるけど、乗ればいいほう。最悪名前とインフォメーションがあればよしとしよう。そういう判断がちゃんとつくところが自分でも…。

てな感じで期待していなかったし、掲載誌が送られてきても最初は気がつかなかったくらいなのだが、そしてやはり写真も大きなものではなかったのだが、下段の紹介記事が「なかでも」というフリから始まっていたのが嬉しかった。

記事自体は短いが、この「なかでも」は、よほど推薦の気持ちがないと使わない表現である。特に複数の並列した取材対象がある場合は「イチオシ」くらいの意味に取ってもいい(はずだ)。

「"龍馬初心者"から"龍馬マニア"まで、幅広いファン層に薦められる」(55p下段)


きました「薦められる」これは、情報誌の記者としては勇気のある表現だ。「定番」と呼べるほど浸透したものでない以上、どんなものでも人の好みはある、「お薦めだ、と書いてあったから行ったらぜんぜんダメだったぞ、金返せ」と言ってくる読者など現実にはいないだろう、というのはシロウトのアカサタナだ。それがわかっているから、自分なら「なかなかいい」くらいの表現にする。そうしておけばクレームが来ても「なかなかいい、というのは自分の感想ですから。いやあ、見る目がなくてすいません」と逃げられるからだ。これがトップ記事などで自分が編集長なら「薦める、とまで言っていいのか?」と問いただすだろう。

たった一文字の漢字がこんなに嬉しいのも、人生長く生きてきたからなんだなあ。しみじみ。

この間の土曜日は大渋滞。だけど、花見渋滞だったので、お客様も満足されたことだろう。

この記事が出た以上、ハードルは高くなると思っていい。精進しましょう。

客観的にみても記事は妥当だと思ってますよ。・・・・ただ・・・・ちょーっと歩く距離が長いのが、バスツアーとしてはアレかなあと・・・。

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# by yoogy | 2010-04-05 15:38 | 記事

お台場の海で講談

3月6日の独演会はおかげさまで大入りのうちに終了いたしました。ご来場いただきましたみなさま、ありがとうございました。

どうも日記が遅い。

次の日、
しながわ観光協会のご縁で、品川から出る「講談舟」。なんとお台場の海で一席という催しがあった。

「お台場」は本来「御台場」で、ご存じの通りペリーが来航してから、幕府が慌てて作ったもの。江川太郎左衛門の尽力で、ペリー再来航までには部分的に出来上がった。残念ながら11基の計画は完成せず、すぐに日本にも軍艦の時代がきて無用の長物に堕してしまう。かつ、会津藩士がその警備の中で焼け死ぬなど、動乱期の日本を象徴する建造物なのだが、いまやフジテレビの異称でしかなくなっている。

1、2、3台場を作り、その間隙を埋めるように4、5、6と作っていった。必ずネタにする「なぜ今残っている台場は第三と第六という組み合わせなのでしょうか?」という答えは「三と六が隣り合う配置だったから」だ。お台場にかかわる人の何パーセントがこの問いに答えられるか片っ端から聞いてみたくなったりする。

その後、すぐに「幕府軍艦操練所」が築地に作られ、御台場の防衛力を補うことに尽力したのが、操練所頭取の勝海舟、ということになる。

まあなんと、この「講談舟」には勝先生の玄孫が同乗していたのだ!

そんなことも知らず、決め打ちのネタは「坂本龍馬と勝海舟の出会い」だった。高山みな子さん(写真)
http://www.katsukaishu.jp/
の前でまあ堂々と「オイラ勝ってんだ!」なんてセリフを吐くのは冷や汗ものだが、なんとかやり終えました。

去年は龍馬のご子孫、このたびは勝先生の(うう、先生、としか呼べない)ご子孫の前でそれぞれのご先祖の講談をやったことになる。まったく恐れを知らぬということは恐ろしい。

屋形舟はやがて品川へ戻ってきた。

今日もまた、一番楽しんだのは演者自身かも知れなかった。


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# by yoogy | 2010-03-13 07:03

六本木ヒルズ制覇!

もう3/6
http://www.t3.rim.or.jp/~yoogy
のことで頭の中はパニックなのだが。

ヒルズとの因縁もあり、この日記だけは書いておかねば。

2/19、六本木ヒルズの49階の「ヒルズアカデミー」で、「I-Media 情報バザール」の講師としてお招きいただいての一時間講演。元・NHKチーフプロデューサーの加藤和郎さんとのご縁による。

講談の紹介と一席で一時間というのは標準的なプログラムなのだが、なにしろヒルズだ。飲まれちゃならんとの思いで、初っぱなから「映像喚起力の最も弱いメディアは映像である」と、映像関係者の多い会場で冷や汗のオープニング。記憶が確かなら、これは村上龍の言葉。よく反感をかわなかったものだ、「ハリ手型」のイントロとしては成功。

一席の方は六本木ヒルズ=長州毛利藩邸跡の関連から赤穂義士。まあ定番といえば定番ですけど。今回は現代のグローバリズムと元禄当時のマネタリズムの関係まで話しきった。ほぼネタの底まで尽くした感じ。

さて、そのあと懇親会になるのだが、そこで写真の「剱伎衆かむゐ」
http://www.k-kamui.com/(代表・島口哲朗氏・写真中央)
との即興コラボレーションがあった。ほんの2分ほどのものとはいえ、映画「キル・ビル」の振り付けまでしたプロの技を、自分の講談でケチをつけてはならじと気合を入れる。

打合せは、大げさにいえば「5秒で済んだ」。パフォーマーが本来の舞台以外で表現する場合、必ず自分なりの「ネタ」をもっている。その「ネタ」を最大限に活かすためには、自由度の高い、すなわち抽象性の高いこちらの「ネタ」を自由に使ってもらうのが一番いい。いわゆる立ち回り用の定番ゼリフを「堀部安兵衛と小林平八郎の戦い」と設定して、一度聞いてもらっただけで、お互い了解して、あとはリハーサルもなし。果たして本番ではおそらく即興とは思えないレベルのものができあがった(それはもちろん、たぶんに「かむゐ」の実力によるのですが)。

うーむ、プロというのはこういうものか。いや、「こういうものだ」と言い切りたい。その後、二次会でもいろいろ盛り上がる。日本の伝統文化の力を活かした未来は明るいと思う。

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# by yoogy | 2010-03-02 18:13 | 高座
「出会いというものの素晴しさを語ってくださいね」



坂本龍馬に直系の子孫はいない。
姉・千鶴が高松家に嫁ぎ、そこで生まれた南海男(なみお)を、兄・権平の養子として迎えたのが坂本本家五代目当主となった。つまり、坂本家は龍馬の甥が継いだことになる。

その南海男は自由民権運動家となり、ほんの一時期だが日本で初の女性参政権を土佐で実現し、やがてキリスト教に入信して北海道開拓にその身を捧げた。名を直寛と改めていた。その直寛かぱかぞえて四代あと、坂本本家の九代目当主が写真の登氏である。

私は「血統」ということに絶対的価値を見出さない。純粋に科学的な議論以外で「DNA」という言葉が出て来ると拒否感を感じる(いわく「民主主義のDNA」みたいな比喩)。「生みの親と育ての親」ならその期間にもよるが育ての親に決まっている。なにもブレヒトの『コーカサスの白墨の輪』を気取るわけではないが。

そんな自分でも「坂本龍馬の子孫」となるとさすがに感激はあった。登氏はおだやかな方で初対面の私にも旧知の如くに話しかけてくれた。こちらからは最初は緊張感はあったが、すぐにほぐれていった。時折見せる鋭い目つきに龍馬を想像することはあったが、目の前の人物に先祖であろうと他の人物を重ねることは失礼と思うので勤めて平常心で話すようにした。

どこかの政治家ではあるまいし、ツーショット写真を撮って、ましてやネットで公開して自慢する気などなかった。しかし、その場にいた人たちが嬉しそうに撮影しているのを見て、ついお願いしてしまった。

そしてそのあと、大胆にも「坂本龍馬の講談を一席」と主催者に頼まれ、『坂本龍馬と普通選挙制の出会い(龍馬と勝)』」を短縮版で披露した。
登氏をはじめ酒席途中の講談であるにもかかわらず、20名ほどの出席者がしわぶきもせず聞いてくれた。

のでいい気になって「この話は、全国の高校生などの前で、龍馬に自分を重ねて、どんな暗雲の時代にも希望を持て、というメッセージをこめて口演しています」などと「講釈」たれてしまった。

その後、坂本登氏にそっと言われたのが冒頭のセリフである。

この時、私は龍馬のイメージを重ねたものではなく登氏本人の人柄に触れ、本当によい出会いができたと感じてネットに書こうと思った。そして今書いている。

歴史上の人物の子孫というイメージはともすれば熱狂的な支持者のフィルターの重なった目を通して自己流に色をつけられがちだ。きっとそんなふうに見られた経験も多くあったろう。それを踏まえてなお、龍馬の魅力の本質を「人との出会い」と考える。まずそう考えた登氏を尊敬し、そこからさらにもう一度、歴史上の自分が知る龍馬と重ねることができた。

本当に「出会いの素晴しさ」を感じた一夜であった。




(主催「龍馬、108女人会」@「蔵元龍馬」プレオープンパーティ)
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# by yoogy | 2009-12-15 14:04
『高畑勲アニメ作品に挑む講談&浪曲の会』、無事終了!

今日は芸の話は自分の内容の話は置いといて、その前後の話を。



7日朝、ケイコを終えて武蔵野芸術劇場へ。駅をへだてて南と北なので緊張感を高めるヒマがない。舞台では玉川奈々福さんが通しでケイコ中。当日に舞台(高座)で通しをやらないのはついスタッフに遠慮してしまうため。まあ、朝から二回さらったし。

出囃子(「ケーナを吹く少年」パプロのテーマともいう)と照明のキッカケを決めて、楽屋に戻るとですね。そこにいらっしゃったのですよ。高畑監督が。いや、ふつうに長机にそこらの椅子に座ってるのが不思議。というかこれから舞台で共演するという事実をこの時初めて実感した。気がつくと司会者は自分だ。仕事しなくては、仕事。

本当は顔合わせに事前に会うはずだったのにご多忙のためこれが初見。打合せをしなくては「エート(ふだんよりオクターブ高い声で)デワ、マズハヒトリヅツノコウヒョウカラデスネ・・・」主催者が「あんまりはっきり決めない方が鼎談としては面白いですよ」いや、決めとかないと収拾がつかなくなるに決まってる。というか、司会者が収拾つかなくするに決まってるから。

簡単な打合せのあと、奈々福さんが着替えに入り、主催者もいなくなったので、いまやテーブルについてのるは監督(と奥さま?)と自分のみ。ここでサインをお願いするワケにはいかないし、こういう時はどうするんだっけ? 司会者としては、相手とラポールを作っておく必要がある。そう、仕事、仕事に集中するんだ。しかし、ここでオタク丸出しの反応をしては鼎談にも差し障るし・・・。

「このあと落語の独演会においでだそうで」と、いかにも芸人が興味を持ってる話題を「装って」話はじめる。「ええ、ジブリ美術館でも時々やってもらってるので」(「私もやらせてください!」などという「野望」は頭をかすめもしない)「『柳川掘割物語』は「全国の行政マン必見」と池沢先生も言っておられましたね」と、いかにも昨日著作を読んで覚えたような質問を。これでも鼎談の時には話題にのぼらないような話を選んだんですが。ここで盛り上がってしまうと鼎談で使えなくなるので。

まあもう、とにかく、想像以上に「よい方」で。芸術家の気難しさもなく、気分屋的な雰囲気もない。もう、こっちが何をいわなくても察してくださる。何よりもも終始笑顔。たぶん、芸人の自分より笑顔が、いい。

「三重ご出身だそうで」いかにも昨日ウィキペディアで覚えたような話題をふり、「マルコを作った頃の時代背景は…確か毛沢東が死んだ年で」あああ、もう、なんでもウィキ頼みだ。

「あ、私タバコのみなもんで、ちょっと失礼」「いや、ここでどうぞ、おーい、灰皿を」と奈々福さん側の若手さんに頼んでしまう。が、ない。ので席を立たれてた。「では、後ほどよろしくお願いいたします」。

客観的に見て「質問に閉口して席をたった」とは思わないが、だいたいから「客観的」なんて気分じゃないし。

自分の芸のことはほぼ完全に忘れて高座前のひととき。



そして、高座後半の鼎談。さすがに高座上での緊張はさっきのものとは別種のもので(七福さんをはさんで監督と距離があったのが幸いした)あまりに(二人とも)誉めてくださるので、「いや、こんなところは悪かったでしょう」「ここに無理がありましたよね?」という質問をする訳にもいかず、講評はわりと簡単に終了。ただ、「僕には面白く感じられるのはあたり前なので」とさすがに映画監督らしい「客観性」というものを常に意識に置かれている感じだけは伝わりました。

それからあとは、時間配分や質問配分など、全体の方に気がまわって自分の質問ができない。マニアックな質問を入れてみたけど当然反応は薄く、まあそれを笑ってもらうのが目的だったからいいとして…あーそうか、「三千里」は脚本には名前を連ねてなかったからなあ、残念。「アン」とかの話だったら「神は天にいましすべて世はこともなし」の訳の話とかいろいろ聞けたのに。

最後に質問コーナー。二人目の質問者からは映画やアニメではなく、なんだか人生相談のような質問が続出。

司会者としては「新作について」とかいわなきゃいけなかったのかも知れないが、あまりに高畑監督のお答えが見事なのでその流れでいく。そういえば、自分も30年前、宮崎監督にこのテの質問したんだよなあ。そうだろう、そうだろう、聞きたいだろう。司会者としてはマズかったか。作品についても質問があったが、漠然とした質問にも的確に答えてくださる。この頭の回転の速さは、20年前に板東玉三郎さんをインタビューした時以来じゃないかな、とか思ってました。

最後に告知コーナーは定番だが、自分の国立演芸場とかは完全に頭から飛んでて(トリじゃねーし)、拍手の中、夢のように終了した。


てーーーーっきり楽屋に戻られると思ったのに、ワキから退場されたので、「あー、サインもらえなかった」とがっかり。しかし、楽屋に戻ってアンのセルを見ると「こんな機会は二度とあるものか」、おっかけてゆくと、まだ出口でファンに取り囲まれていた。

で、芸人にあるまじきことか、お客様を押し退けて(いや、押してはいないけど)、頂戴したのがこのサイン。

なにしろあれだけよい方なので、文言の方は「あなたは講談やられる方なんですね」という認識程度に受け取ることにするけれど、これでこのセルは「オレが死んだら柩に入れて焼いてくれ」とは言えなくなったな。高畑勲記念館とか、日本アニメ記念館に寄付するしかないよね。ああ、娘ができたら譲る予定だったのに(息子には自主的にアンにはまれとは言わないが)。

芸について振り返るのはもっと後がいいかな。ググルと感想が散見されるみたいだし。

とにかく、夢のような出来事で、この後酒を飲んで余韻にひたって夢を見ることもできず徹夜で原稿書いて飛行機に乗って仕事行ったのが悔やまれるけど、いやいや、起きて見る夢だったような気もしますわいな。

http://www.t3.rim.or.jp/~yoogy/5takahata.htm(私の高畑勲論)


(セルにビニールがかかってるのは、30年前から。それを破ってのサインでありんした)(この場面のセルの価値、ファンの方はわかってください)。


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著作権的に問題のある場合はご連絡ください。すぐに削除いたします。
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# by yoogy | 2009-11-09 23:24 | 高座