講談師・神田陽司のテキストブログ


by yoogy
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以前、ラジオでしゃべった時が、番組の求めに応じて一番ホメた記憶がありますが、そのときにもディレクターから「犯罪容疑者を賛美しないように」とメモがまわってきました。

思うに、「ホリエモンしかヒーローにならない時代」とうことではないだろか。自分たちが子供のころ、いや、バブルの頃ですらあれだけ「金」のことしか言わない(株のことしか、というのが正確だが)人間は、どんなに稼いでいても単に「下司」ということで、もっといえばそのあとに「野郎」をつけることで、心の中ではうらやみつつも価値観としては切り捨てられていたに違いない。

3日の日記にも書いたけれど、いつのまにか自分たちが「経済的な成功者」を「勝利者」としてだけではなく「正しい人」と考える、考えたがるようになってしまった。正直自分はそうなっていたと告白するしかない。だが、世間全体がそうではなかったか。

ホリエモンの登場の仕方を思い出してほしい。まさしく「金の事情」で「夢の世界たるべきプロ野球」が侵されそうになった。その「夢」を救うヒーローとしてあらわれた。だからこそ人々は彼を認め、その後の敵対的買収やさまざまな言動を「かれは夢の守護者のはずだ」と「正しいもの」と考えてきた。それがいつの間にかゆっくりと「夢」=「経済的奇跡的成功」にズレていったその過程を思い起こしてほしい。

ここで「小泉改革」とからめると2ちゃんねらーに批判されるが、完全に軌を一にしていたことを思ってほしい。「彼」の登場もまた、まったく同じ、既成の硬直した論理からより大事なものの「守護者」としての破壊者であったことを。

つまり、ホリエモンの否定は、自分たちの守りたかったものの一部に手をかけることになるのだ。だからあるものはヒステリックに批難し、あるものはいまだに信じようとする。そして現実は「ホリエモンにしか抗えなかった現実」に侵食されつつある。いや侵食されつくした。

確率的にももう傍聴できるとは思えないし、実際裁判所に行くよりテレビを見てる方がわかり易いこともわかってしまったが、ホリエモン問題は簡単には過去にできない。

これも何度か書きましたよね。
「英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ」(B・ブレヒト)
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# by yoogy | 2006-09-04 23:59