講談師・神田陽司のテキストブログ


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『高畑勲アニメ作品に挑む講談&浪曲の会』、無事終了!

今日は芸の話は自分の内容の話は置いといて、その前後の話を。



7日朝、ケイコを終えて武蔵野芸術劇場へ。駅をへだてて南と北なので緊張感を高めるヒマがない。舞台では玉川奈々福さんが通しでケイコ中。当日に舞台(高座)で通しをやらないのはついスタッフに遠慮してしまうため。まあ、朝から二回さらったし。

出囃子(「ケーナを吹く少年」パプロのテーマともいう)と照明のキッカケを決めて、楽屋に戻るとですね。そこにいらっしゃったのですよ。高畑監督が。いや、ふつうに長机にそこらの椅子に座ってるのが不思議。というかこれから舞台で共演するという事実をこの時初めて実感した。気がつくと司会者は自分だ。仕事しなくては、仕事。

本当は顔合わせに事前に会うはずだったのにご多忙のためこれが初見。打合せをしなくては「エート(ふだんよりオクターブ高い声で)デワ、マズハヒトリヅツノコウヒョウカラデスネ・・・」主催者が「あんまりはっきり決めない方が鼎談としては面白いですよ」いや、決めとかないと収拾がつかなくなるに決まってる。というか、司会者が収拾つかなくするに決まってるから。

簡単な打合せのあと、奈々福さんが着替えに入り、主催者もいなくなったので、いまやテーブルについてのるは監督(と奥さま?)と自分のみ。ここでサインをお願いするワケにはいかないし、こういう時はどうするんだっけ? 司会者としては、相手とラポールを作っておく必要がある。そう、仕事、仕事に集中するんだ。しかし、ここでオタク丸出しの反応をしては鼎談にも差し障るし・・・。

「このあと落語の独演会においでだそうで」と、いかにも芸人が興味を持ってる話題を「装って」話はじめる。「ええ、ジブリ美術館でも時々やってもらってるので」(「私もやらせてください!」などという「野望」は頭をかすめもしない)「『柳川掘割物語』は「全国の行政マン必見」と池沢先生も言っておられましたね」と、いかにも昨日著作を読んで覚えたような質問を。これでも鼎談の時には話題にのぼらないような話を選んだんですが。ここで盛り上がってしまうと鼎談で使えなくなるので。

まあもう、とにかく、想像以上に「よい方」で。芸術家の気難しさもなく、気分屋的な雰囲気もない。もう、こっちが何をいわなくても察してくださる。何よりもも終始笑顔。たぶん、芸人の自分より笑顔が、いい。

「三重ご出身だそうで」いかにも昨日ウィキペディアで覚えたような話題をふり、「マルコを作った頃の時代背景は…確か毛沢東が死んだ年で」あああ、もう、なんでもウィキ頼みだ。

「あ、私タバコのみなもんで、ちょっと失礼」「いや、ここでどうぞ、おーい、灰皿を」と奈々福さん側の若手さんに頼んでしまう。が、ない。ので席を立たれてた。「では、後ほどよろしくお願いいたします」。

客観的に見て「質問に閉口して席をたった」とは思わないが、だいたいから「客観的」なんて気分じゃないし。

自分の芸のことはほぼ完全に忘れて高座前のひととき。



そして、高座後半の鼎談。さすがに高座上での緊張はさっきのものとは別種のもので(七福さんをはさんで監督と距離があったのが幸いした)あまりに(二人とも)誉めてくださるので、「いや、こんなところは悪かったでしょう」「ここに無理がありましたよね?」という質問をする訳にもいかず、講評はわりと簡単に終了。ただ、「僕には面白く感じられるのはあたり前なので」とさすがに映画監督らしい「客観性」というものを常に意識に置かれている感じだけは伝わりました。

それからあとは、時間配分や質問配分など、全体の方に気がまわって自分の質問ができない。マニアックな質問を入れてみたけど当然反応は薄く、まあそれを笑ってもらうのが目的だったからいいとして…あーそうか、「三千里」は脚本には名前を連ねてなかったからなあ、残念。「アン」とかの話だったら「神は天にいましすべて世はこともなし」の訳の話とかいろいろ聞けたのに。

最後に質問コーナー。二人目の質問者からは映画やアニメではなく、なんだか人生相談のような質問が続出。

司会者としては「新作について」とかいわなきゃいけなかったのかも知れないが、あまりに高畑監督のお答えが見事なのでその流れでいく。そういえば、自分も30年前、宮崎監督にこのテの質問したんだよなあ。そうだろう、そうだろう、聞きたいだろう。司会者としてはマズかったか。作品についても質問があったが、漠然とした質問にも的確に答えてくださる。この頭の回転の速さは、20年前に板東玉三郎さんをインタビューした時以来じゃないかな、とか思ってました。

最後に告知コーナーは定番だが、自分の国立演芸場とかは完全に頭から飛んでて(トリじゃねーし)、拍手の中、夢のように終了した。


てーーーーっきり楽屋に戻られると思ったのに、ワキから退場されたので、「あー、サインもらえなかった」とがっかり。しかし、楽屋に戻ってアンのセルを見ると「こんな機会は二度とあるものか」、おっかけてゆくと、まだ出口でファンに取り囲まれていた。

で、芸人にあるまじきことか、お客様を押し退けて(いや、押してはいないけど)、頂戴したのがこのサイン。

なにしろあれだけよい方なので、文言の方は「あなたは講談やられる方なんですね」という認識程度に受け取ることにするけれど、これでこのセルは「オレが死んだら柩に入れて焼いてくれ」とは言えなくなったな。高畑勲記念館とか、日本アニメ記念館に寄付するしかないよね。ああ、娘ができたら譲る予定だったのに(息子には自主的にアンにはまれとは言わないが)。

芸について振り返るのはもっと後がいいかな。ググルと感想が散見されるみたいだし。

とにかく、夢のような出来事で、この後酒を飲んで余韻にひたって夢を見ることもできず徹夜で原稿書いて飛行機に乗って仕事行ったのが悔やまれるけど、いやいや、起きて見る夢だったような気もしますわいな。

http://www.t3.rim.or.jp/~yoogy/5takahata.htm(私の高畑勲論)


(セルにビニールがかかってるのは、30年前から。それを破ってのサインでありんした)(この場面のセルの価値、ファンの方はわかってください)。


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by yoogy | 2009-11-09 23:24 | 高座