講談師・神田陽司のテキストブログ


by yoogy
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

<   2008年 03月 ( 8 )   > この月の画像一覧

いまごろになって・・・

SNSに書いた日記を転載した(3/5~ )。

結局、三月は、ただ原稿を書いていただけだった。

勿論、だれも原稿料を払ってはくれない。

せめて、一週間前にアップしていれば、一人か二人の集客にはつながったかも知れない。


・・・・結局、自分はこういう人生を選んでしまったのだなと思いつつ。

ヘタすると、一回だけの、口演は、明後日。

http://www.t3.rim.or.jp/~yoogy
[PR]
by yoogy | 2008-03-21 18:19 | 高座

執筆日(予備)


愚痴とかは省略。

どんな原稿の書き方をしているかというと、とにかく一時間ごとに原稿が増えている、一枚ずつでも書き進んでいるという状況を、物理的に、機械的に、形で踏みしめて行く感じ。昨日も書いた通り、形と心では形の方がはるかに制御がしやすい。「泣く場面で内面が作れない時にはとりあえず声に出して泣いてみろ」というのがスタニスラフスキーの教え。これは仏教、とりわけ禅宗における「行」の問題に密接に通じている。おっと、これは次の原稿だ。

だからこそ、書き進めて「違う」と感じるのが一番コワイのだが(スタートまで戻るとまるまる時間が無駄になる)。

今日はテレビにも万博のDVD以外は映さないつもり。

ところで、以前に「大阪万博はいまほど映像が使われていない」的なことを書いたが、これは間違いのようだ。なるほど映画には人間によるパフォーマンスが多く映されているが、これは各パビリオンの映像を二重写しにしても映像として質が落ちるだけだから極力避けていたから。一部では「映像の万博」ともいわれたようだ。つまり、本格的な情報社会・シミュレーション社会の到来を告げる頃でもあったようなのだ。

ただ、それだけに各パビリオンの個性的な建築は「夢の遊園地」であったに違いない。それも意味のある、意義のある「夢だけど夢じゃない」ようなものに子供には映っただろう。

『クレヨンしんちゃん モレーツ大人帝国の逆襲』も部分的に見直したが、この映画の影響をすり抜けるという課題は政治的な局面を持ち込むことだけでクリアしたことにしよう。万博ノスタルジーでこの作品を超えることは誰にもできないと思う。

さて、あと14時間で勝負。
[PR]
by yoogy | 2008-03-16 18:15 | 高座

執筆日


昨日から高熱が出た。

体温計をさがす余裕もないくらいだったが、たぶん39~40度くらいではないだろうか。風邪かもしれないがほぼ原因不明。今日は「執筆日」と定めてあったから、体がそれを察知して拒否したのかもしれない。ことほどさように「執筆日」は苦しい。

元編集者ということを知ってかどうか、原稿はよく頼まれる。媒体に合わせて固くも柔らかくも、短くも長くも自在に書けるつもりである。だが多分、それは「これは余技である」ということの気楽さなのだろう。ただ、「アニメの本格的な評論」となると流石に気合が入る。いや、アニメだからではなく、長さだろう(数千字なんていうのもあったからなあ)。

講談の原稿の長さは、それに比べればさして長くはない。ペラにして80枚、いわゆる原稿用紙40枚程度。会話が多いので情報の密度も高くはないだろう。だが、やはりこれが一番苦しい。「執筆日」は「原稿だけ書いていればあとは何もしなくていい日」と定めてあるので何日も取るわけにはいかない。それが逆にプレッシャーになっている気がする。

熱は下がったが、まだ一行も書けてはいない。これから12時間の間にいちおうラストまで書かないといけない。

テーマは「万博」に決まっているワケだが、漠然としたイメージがあるだけで、骨子は書き始めてから固まるハズ。ハズなのだが・・・

[PR]
by yoogy | 2008-03-15 18:15 | 高座

【執筆日記】表参道にて


c0111096_18144034.jpg
地下鉄から地上に出、静かな坂道下りながら小学校を左手に見て右手に曲がって左に曲がると、突然太陽の輝いている庭がある。それが「岡本太郎記念館」。かの天才の自宅アトリエの跡だという。

中に入ると実にシンプルで質素な家である。展示室らしきものもひとつふたつあるだけ、しかし、アトリエはまだ床に絵の具も乾かぬが如くに残され、創作するものの戦場の匂いがする。

なんとか出口を見いだしたくて太陽の塔のまわりをめぐり巡っている。

小松左京氏の『巨大プロジェクト動く』(廣済堂出版)を読むと官僚的な万博機構側と市井の学者・作家たちのスレ違いがよくわかり、結果として、岡本太郎を取り込むことができたのも小松氏の器量によるものだったことがよくわかる。(余談だが『日本沈没』の編集者は亡き二代目山陽のご次男である)。

『疾走する自画像』(みすず書房)の中には、岡本太郎が二代目山陽と同じく30歳を越えてから送られた中国戦線のことが書かれている。パリ留学から引き上げさせられ、地獄の新兵調練の中に叩き込まれた太郎氏は「上官のビンタは四人目が一番キツイ」ことを発見し「それなら俺がいつでも四番目に出てやる!」もちろん、その制裁は不条理そのもののリンチに過ぎないのだが、その暴力からも逃げない。常に「危険だと思われる選択」に自分を賭け続ける。本物の反骨精神。これが、ほとんどの前衛芸術家・作家が忌避した万博への参加を決意させたもののようだ。

芸術家にはなぜ反骨精神が必要なのだろう。それは権威というものが属性として秩序に向かうものであるのに対し、芸術とはその秩序から零れる、溢れるものを素材とするからに違いない。権威は時に政治であり、時にシステムであり、時に理性であり、時に調和でさえある。

正直、岡本太郎には主題というものがそんなに多いとは思えない(おいおい)だが、その少ない主題に全身全霊でぶつかっていく種類の芸術家ではないだろうか。そのうち美術館の方にも出かけて一日対話をしてみたいと思った。

そのあと、マイミクの発作まんじゅう氏と渋谷で食事。あの万博がいかに自分たちの世代に覆いかぶさっているかを話す。かくも記憶の中で理想化された万博。ともすれば浮薄な未来イメージの寄せ集めになりかねないあの万博に、太陽の塔は文鎮のように作用し君臨していた。

そろそろ、原稿を書くにあたって、水面から最深度のところまで達したように思う。さて、浮かび上がれるのか・・・。
[PR]
by yoogy | 2008-03-13 18:13

c0111096_1812514.jpg
昨日までは「明日やれといわれてもアドリブでできる」自信があった。だが、いまはムリだ。もうアドリブでできる範囲では終われなくなった気がしている。

ケンタッキー・フライドチキンが日本に登場したのが万博だという。そこで夕方には歌舞伎町店でその気になって2ピース食べてみた。わからないな。帰りの駅では自動販売機でヤクルト二本80円を飲んでみた。蘇らない。あの頃の記憶が。

そういえば…。なにかと兄に対抗して好みを決めていたなあ。自分は「森永マミー派」兄はヤクルト派。兄・ソニー派、自分・ナショナル派。自分、味噌汁にはワカメ派、兄、タマネギ派。だが、どれもこれも、自分の支持するのとは違う方が隣の芝生なのか青く見えたものだ。実際、いまもワカメよりはタマネギの味噌汁の方が美味しいと思う。それはインスタントで売っていないという事情にもよるかも知れぬが。

こうかくと兄に尊敬ゆえの対抗意識を燃やしているようだが、正確な記憶というのは時に残酷なもので、5歳6学年も離れた兄のグループにただ一人くっついて遊んでいた幼児の陽司は、そのグループの中でプロレス技をかけられてイジメられても兄に助けられた記憶がない。考えれば未就学児をイジメる小学生男子の集団も最低なのだが、どういうわけかそこから離れたいと思った覚えもない。まあたぶん、動物のように群れについていっていただけなのだろう。それを「皆を慕っていた」と解釈するのが人生を楽に生きるコツというものだ。

それが60年代の記憶。一体万博の話にどうつなげられるんだ?

あっ! ヤフオクに出てた「太陽の塔」は?

あー、もう落札されてるうううう。

まあ、いいや。記念館か美術館には足をはこぶつもりにしているから。

依然として、岡本太郎に、何かのヒントを感じている。
[PR]
by yoogy | 2008-03-10 18:11 | 高座

c0111096_1810445.jpg
届いた。マジで24時間以内に届いた。前にマウス買った時も使ったけど、24時間以内って便利さのレベルが違う感じ。

で、いま視聴してるんだけど(ながらで)。頭の中を大阪万博一色にしなきゃいけない時期に『ワンピース』の新刊出ちゃうし、ガンダム00面白れーし。困った。

図書館から借りてきた資料は8.2キロに及ぶ。全部読んでも原稿が書けるかどうかはわからないのに、全部に目を通さなきゃ満足なものが書けない気がしてしまう。

だけど、今大事なのたぶん、資料じゃなくて自分の記憶の方に違いない。
地図にしてみれば10キロほど、生れ育った家からその気にさえなれば小学生でも歩いていけた距離の場所での万博。だが、その記憶はあまりに遠い。月の石と、住友童話館のイベントの歯車型のスポンジと、万博の最後の日に問い合わせの電話をして泣きながら「次はいつですか?」と聞いたこと・・・。だが、その「次」にもっとも近い愛知万博には行こうともしなかった(かろうじてつくば科学万博には行った)。

資料を調べてもそのまま話にできるものがあるとは限らない。たとえば科学技術庁と通産省が「自動翻訳機を置くかどうか」でケンカ別れをしたとか。15年後のつくば博での思い出が「自動翻訳機」のまるで役に立たないことだけであることを考えると見送って正解だったね、通産省さん。

いま、DVDには昭和天皇のお姿が。不思議だなあ。「天皇陛下」というとこのお顔だったのにね。すっかり今上天皇にも馴れてしまっている。

あの桜のマークも、一旦好評したものを取り下げて決め直したものだとか。おお、画面には「佐藤総理」。うん、子供心にも「総理大臣」ってこの顔だった。長かったし。でも、この人の場合、後継者が個性強くて忘れちゃったなあ。

なにしろ「所得倍増計画」が成功してすぐだ。収入が二倍になった直後のニッポン。そりゃあ楽しい雰囲気が支配していたさね。


1970年。「佳子の夢は夜ひらく」「走れコータロー」ディスカバージャパン、あしたのジョー、タクシー130円、カレーライス150円、国立大学授業料一万二千円/年。

だが、そこに原稿のネタはない。
[PR]
by yoogy | 2008-03-08 18:16

今日は師匠(二代目山陽)の奥さま(芸界では「おかみさん」が普通だが、士族の出だった奥さまが嫌がったので)の四十九日の納骨で池上本門寺へ。久々の師匠のお墓参り。久々というのがダメだなあ。

とにかくスイッチを入れないと。絶対に来週中には結末まで書かないと。口演週には地方の仕事もある。タイムリミットは一週間だ。

【このあと、ネタバレっぽいものあり】
と、言っても何がどう変わるかぜんぜんわからない。というか、まだ進行状態は「0%」のままだ。原稿は「執筆日」と称する丸一日と、もしも書き漏れたらという「予備日」の二日で上げなくてはならない。という崖っぷちの状況で火曜の日本橋めぐりは日本経済新聞の取材が入るとか。嬉しいけど勘弁してくれ~な状態。

さて、とりあえず「資料に関して金に糸目をつけないスイッチ」が入りかけ。これはマズイ。このスイッチを入れることが執筆の前提となっては困る。もっと切羽詰まってからに。

一時期の隆盛は過ぎた感のある「アマゾンドットコム」だが、「お急ぎ便」では明日品物を届けてくれるという。ダメだ、注文ボタンポン!
買ったものは・・・DVD『日本万国博』捜せばどこか図書館にあるだろうし、もっといい資料もあるに違いない。だが時間が夢を裏切る前に(松本零士もミクシィまでチェックしているまい)入手し、視聴しなくてはなならない。三時間の長編である。急ぐ、急ぐ。

こないだ書いた「ベニスの商人・改」なんかは構想20年、いや30年といっても過言ではないが、今回はほんの二、三日前の思いつきである。だがもうテーマを変更するヒマはない。まあ、逆にいえば「構想38年」というおっそろしい作品になるのかも知れんが。

【ここ、ネタバレ】
岡本太郎のセリフを工夫している。「進歩と調和なんて、糞くらえだ!」と爆発できれば、今回は私の勝ちだ。実際、あの「太陽の塔」は実は大阪万博(大阪の人間は「大阪」つけると怒るらしいが「万博ちゅうたら1970年のコンニチワに決まっとるやんけ! 他の万博には○○万博とつくんや!」なんという「商事ですか? 物産ですか?」だ)の最高度の建物ではないのだ(エキスポタワー、というのがあった)。「太陽の塔」は「まだ生きている」のだ。
[PR]
by yoogy | 2008-03-07 18:15 | 高座

心配になるのは、あんなにシンドそうな選挙戦を一年もやって、それから世界最高権力者になって息切れしないのかなーということ。なんでそんなことを【執筆日記】で書くかといえば、あと18日後に迫っているのに、まだデフラグ進行率は「0%」のまま。目的地につくまでに倒れそうには、ならないんだろうなあかの人は、だから大統領なんかになりたがるんだろうな。

タイトルはいつものように「引き」ですが申し訳ないので。

オバマ氏の
http://www.youtube.com/watch?v=jjXyqcx-mYY
にはやっぱりどうしたって涙は出てしまうわけだが。こないだからあれほど「問題の解決に情緒を中心においてはいけない」と戒める文章ばかり書いているのに。

しかし結局、独裁者でもない政治家にできることなんて「夢」を見せることでしかないんじゃないか。ゴアが大統領になっていたら何万人が死なずに済んだかなんて考えてみても仕方ない。あの時、確かにアメリカの人たちは「古きよき夢を見せてくれる」カウボーイを選んでしまったんだ。なにしろそのためには自分たちの命まで捧げると誓うほどに。それほどまでに「夢」を持たせることは大事なんだ。危険なんだ。

「私が黒人初の大統領に」
「私が女性初の大統領に」
「あら、じゃあ、私でいいじゃない」とライスが。
まだ知らない人のためにご紹介の小話。

チラシを見ての通り、もしかすると「大阪万博」の話になるかもしれない。どこかにも書いたが「ビル・ゲイツはシアトル万博に衝撃を受けて本当に未来を作った」。夢は人に見せられるものでなく、自分で「見て」いかなくてはいけない。オバマ氏のソングには感動するけど、それが何も主張していないことを知らなくてはならない。彼に夢を見るならば、自分がそこに近づかなくてはいけない。大統領は神様ではない。無条件に命をあずけるべき存在ではないのだ。

1970年。いまから38年前。日本はどんな夢を見ていただろう。
それはやはり「大阪万博」に集約されていたりはしないだろうか?

『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』のパクリにならないように、それを描く方法はあるか。
[PR]
by yoogy | 2008-03-05 18:05 | 高座