講談師・神田陽司のテキストブログ


by yoogy
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高座の反省とM-1分析

前日の高座の記録
国立演芸場 花形演芸会 演目『坂本龍馬と勝海舟』

家に戻ってから、チラッとM-1グランプリの舞台裏の番組を見た。

あの厳しさを「違う世界」とは思わないようにしないといけない。
得られる栄誉の大きさは違うと思うけど、円形脱毛症ができるほどにネタに悩む、という世界は共有すべきだ。それが表現に生きるということだと思う。

稽古も十分にしたが、やはり総体としての経験が足りない。
何よりも「お客様に全力を見せられたか」ということに反省が残る。


まあ、来年はこの感覚を忘れずに頑張ろう。いや、今日から。


・・・・・・・・・・・・
(別のところに走り書いたものですが、ネタがないのでコピーしておきます)

去年の12/25の『「フジワラノリカ」の理由』というM-1分析はここ一年でも達意の文章だったと自惚れている。

ので、今年もいちおう少しだけ書いてみるか。

去年のチュートリアルは「方法論」においてこれほどすぐれたものを連続して使えない、消費され続けるお笑いとそれを勝ち抜いてゆく才能と裾野の広さについて考えさせた。

今回のキーワードは「知性」であった。

見た人にはわかると思うが、もっとも分かりやすく、あきらかに客席も爆笑し、テンポにさえ少しの制動をかければ子供からお年寄りまで誰でも楽しめるはずのコンビが落選していた。そして、優勝したコンビも、かなり日常的なネタのはずだったが、両者を分かったものはなにか?

それは「笑い」というものの評価を高めようとする時代の要請である。

「笑い」は常に解放を伴う、伴わなくては「笑い」は起こらない。ドツキ漫才は何を「解放」するかといえば暴力を相対化することで人を暴力の恐怖から解放する。よく「イジメを誘発する」といわれるネタがなぜ笑いを呼ぶかと同じ理屈である。

チャップリンは「貧乏人がバナナで滑れば悲劇だが金持ちの貴婦人が滑れば笑いにつながる」といっているが、半面正しく半面誤っている。「貧乏人」に「弱者」という意味をのせれば悲劇になるという解釈だろうが、ところがギッチョン(先日の「ガンダム00」で活きたセリフ)、貧乏人が滑ってなお笑いにつなげることは簡単である。現にチャーリーの演じる「トランプ」(放浪紳士)はバナナで滑ってキチンと笑いを取っている。

弱者がバナナですべって泣いたり怒ったりすればそれは笑えないが、必死に自分をつくろったり、バナナを利用して金儲けのアイデアにしたりすれば人はそこに「悲劇的局面」からの解放を感じる。

もちろんチャーリーは一般論として語ったわけで、実はその真理を見抜いていたからこそ長編の喜劇映画を作れたわけだが。

目の前で肉体的にドツキ合い、言葉でドツキ合い、シミュレーションで金銭的にも奪い合い(漫才の基本に「○○になってみる」という成りきりの展開が多いのは○○という役からの「解放」を容易にするからである)その現実の呪縛から人を解放する。「かの」コンビはそれはもう見事に表現しきっていた。だが、落選した。

「足りない」のだ。

瞬発的に理解できる解放、それだけでは「不安」が残ってしまう。

自分が笑いころげていることを、自分が見下している、より単純で「低レベルの」(これは具体的な指摘ではなく、人によってまったく違う)の笑いと同じ行動なのではないか、自分の笑うという反応を誰かによって見下されてはいないか?

だから、「誰にでも理解できる解放の笑い」に人は不足を感じる。

かといって、あまり好きなまとめ方ではないが「不条理系」を受け入れる自分を娯しむほどの余裕はない。

となると、「誰にでも理解できる解放の笑い」ではあっても、その理解に至る距離を「ほんの少し長く」取ってほしい。自分が不安になる瞬間を遅延して、本来は不安になるあたりで笑にいたってほしい。

これを「ネタのディレイ効果」と仮に名付けるなら、決勝に残った組、優勝したコンビはこの「ディレイ効果」を完全に我が物としていた。

ただし、昨年のチュートリアルのように明確な方法論の「消費」を意識することはこの「効果」には不可能で、だから今後がむずかしいと言えなくもない。

一億総評論家文化といわれて久しいが、笑いに対しても直接的でありすぎると不安を感じる、そこをどうクリアするか、バランスを取るか。今年のM-1に感じたのはそういう問題だった。
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by yoogy | 2007-12-23 23:47 | 高座
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今、自分のホームページを見ても、自分の写真の画像が見つからない、捜して捜して、プロフィールにちょこっと載ってるだけだ。

だいたい、芸人のサイトで顔写真が出ていないって、何の意味があるのか。

ふと思い出したのは、真打披露での扉座の横内謙介先生の(先生、でいいかなあ。編集者時代、「先生、を連発するな」と教えられてから、いまだに「先生」を使うTPOがわからない)「作家に対するコンプレックスがあるのでは」と指摘されたのを思い出した。いやあ、本ぜんぜん読まないし、小説なんて、高一の時学年誌で三浦朱門賞をもらって以来一度も書いてない。シナリオずいぶん書いたけど…。

だが、どこかに自分の深層の真実があって、それを評価してもらうためには表層部分をあまり露出したくない、という思いはあるのかもしれない。それが極端に自分の映像の少ないサイトを作らせしめているのかも。

「こんなのに出てます」「こんなことやってます」そういう、前に出て行く意識が乏しいとしか思えない。後ろの方にかまえて「スポットを当てたければ、当てればいいじゃないですか、当てたくなければ、当てなければいいじゃないですか」(小泉さんを真似るタイゾー君ふうに)とかまえているだけなのかもしれない。

20日発売の「WEDGE」誌を読むと、しかし間違いなくタイトルには「目立ちたがりの男」とつけられている。客観的に振りかえれば間違いなく「目立ちたい」ことに重きを置いた人生に違いない。

なんで自分を「推せ」ないでいるのか。

どうもこの壁を突破することが来年の課題のような気がする。



118p~119pです。

でも、写真は出ていません(泣
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by yoogy | 2007-12-19 13:12 | 記事
12月14日は例年某はと以外のバス会社のコースに乗っている。

この日は特別の例外として、旧細川邸で「大石内蔵助」以下17名の切腹の跡の庭に入ることになっている(多くの観光客の中でツアーの人間だけ入るのが毎年恥ずかしいような快感なような)。

今年はその前の吉良邸で法要があり体が冷えてしまったため、細川邸での説明中も喉が痛くて満足のいく出来ではなかった。

しかし、サービスもこめて、ここでは一切の批判もギャグもなく「彼らは義のために…」熱をこめた。

そして「彼らが訴えたかったことは」の談でつい、グローバリズムを国内レベルに限定した、元禄における市場中心社会(封建制の下で「主義」とはいえなかろうが、この進展には吉宗ほどの独裁者ですら歯が立たなかったことは事実だ)の批判ではなかったか、と、もちろんもう少し目立たぬ形で、調子づいた時には思わず涙声になった。思わず、というところがミソ。普段はそういう流れが予想できるのだが。ただの仇討ちではない、彼らの必死の、元禄という時代への抵抗だった、という主張は自作の「テロリスト大石内蔵助」のものではあるが…。


年に一度、限定した人数しか入れないという「場」の力かも知れない。が、そういう偶然はえてして人に内面的な真実を裏付ける。

昨日書いた通り「切腹」を自殺の一形態としか見ず、以前書いた通り自殺を「殺人」と見下す(「他者の命を救うための自己犠牲」とは峻別して)自分の中にも、そういう割り切れない謎は残っている。そのことは自覚しておきたい。


あと、「倒すべきは幕府ではなかったか?」という、義士全否定みたいな問いかけをされたこともあることを付記しておきます。コワイデスネ。
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by yoogy | 2007-12-15 21:52 | 高座

切腹について

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写真は「切腹最中」。

今夜、土方歳三のドラマの再放送がある。

私は新撰組がキライである。たぶん「大」がみっつくらい付く。
あんまりキライすぎて、2005年に大河ドラマで放送した時は一回も逃さず見た上に全部録画してDVDに落したくらいだ。

キライな最大の理由が「切腹」である。
特にそれを隊の統率のために全面に押し実行させた土方歳三はいかなる描きかたをされても好きになれない、想像するだけで虫酸が走る。もちろん彼が女性にモテたことへの嫉妬ではない。もう一度いう、嫉妬ではない。

そもそも「切腹」とは何か。

切腹最中の下敷きになっている本によれば『播磨国風土記』に初出する、なんと最初は妻が夫の後を追って切腹した、歴史上の最初の切腹は女性なのである。要は自殺の方法のひとつである。

それがいつの間に「武士の特権」になったのか。それを論じるつもりはない。

それよりも、どうしても原典が捜せないのだが、確か西洋人が「切腹は死の消失である」という発言をしているのが頭から離れない。

人はどこかで「死」についての思考停止点を持たなくてはならない。そのもっとも積極的なものが「切腹」であろう。自分の生きかたを通してそれが規範に触れるというなら切腹によって世界と自己を和解させる権利を行使する。もっとも苦痛を伴うことにより「死の苦痛」さえも乗り越えうる方法だという絶賛である。

25年も前、ビートたけしさんが『午前三時二十五分』の中で「おれが怖いのは死ではなく生がゆがむことなんだ」と言っていた。以来座右の銘のひとつになっているがこれがオリジナルの発言だとしたら素晴らしい。どうも禅宗のお坊さんあたりが言いそうなセリフだが…。

だからまあ、切腹は「宝くじを買っておいて、発表を見る前に破り捨てるような強がり」くらいには認めてもよいと思っている。

だからこそ、それを他人に強制した「切腹による統率」などというものを認められるハズがない。「敵前より逃亡すれば切腹」せめて「次は決死で出撃」させる方がなんぼか意義があろうというものだ。

黒鉄ヒロシ(自分と同じ龍馬シンパの)さんでさえ、土方があの世で自分が切腹させた連中と和解しているシーンを描いたりしているが、自分が切腹した以後の自分が関われなかった世界を生きた土方となんで和解ができるものか。戦争で敵と戦う以上に悲惨な死だとしか私には思えない。

では、忠臣蔵の切腹はどうか?

もちろん「忠臣蔵なんてキライだ」などと講釈師が書けるわけはない。

ひとつ違いを指摘するならあれは「死刑」の形態であるから納得出来なくもない。だが、「秩序維持のための死刑」ならば新撰組とどうちがうのかというと…へどもど。

だからこそ、自作の「テロリスト大石内蔵助」の中で「贖罪としての切腹」をさせなくては自分の中で納得ができなかった。

明日、年に一度、特例として細川邸跡の「切腹の場所」へ入る。かの「僧侶が儀式を拒んだため、切腹後一度も清められていない」場所。ここへは毎年入る時間が夕刻のせいか、批判もギャグもどうしても口に出てこない。そのよりどころは「当時の慣例にかかわらず何人かが形式を拒んで苦痛のある方法を選んだ」という記録である。

「論」などと書いて結論がどっかへ言ってしまった。

すいません。

切腹!(古っ!)
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by yoogy | 2007-12-13 19:35

聚楽・じゅらくよ~ん♪

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お茶の水駅の坂の途中(アキバからの帰りに)。ここで、今はなきミスター・サブマリン、杉浦忠さんのインタビュー撮った、ホントにいい人だった。ビール一本で二時間も話してくれた。むしろ撮ったDが鬼畜(笑。

『義士異聞 二文字屋お軽』(本牧・トリ)
思った通りの入りでよかった。本牧はあのくらいの人数の方が・・・。
でもこれはやっぱり「娯楽講談」とは言えないかも知れんなあ。ていうか、講談で「演芸」であることは間違いないが「娯楽」とは違うんじゃないか、などと難しいことを考えても仕方ない。問題はお客様の満足度と自分の充実度。セリフは大して詰まらなかったが、さて、お軽の動機からカタルシスに至ることができたか。何よりも荻生徂徠が唐突ではなかったか。時間の問題もあるけれど、テーマ盛り込みすぎなのかも。

「身売りをして、その娘が自害すれば借金は倍になる」有史以来、国家が認めた契約としてはほぼ最悪に近いものだと思う。これが元禄の頃には実在した。このへんの説明も上手くいかなかったのだが「元禄時代に日本の貨幣的な統一が完成した。これは現在のグローバリズムの浸透とまったく同じといっていい条件である」。

ひとつの市場で貨幣が流通するようになれば当然「利息」というシステムから一方向に流れ出す。カネがカネを生む世の中ができる。貧富の差は流通以前に比べてとてつもなく広がってゆく。近世の「封建社会」といえる状況でさえそうなのである。言わんや現在に於いておや。

一次資料(本人の書いたもの)に当たっても、赤穂浪人たちは自分達の道徳に従ったに過ぎない。今回の話のようにグローバリズムならぬ国内市場社会の浸透へのレジスタンスなどという記録はどこにもない。だが、そこにおいてなお、「親の仇」ではなく「主君の仇」を討つという、「他に例を見ない」特種事例の発生は元禄の社会情勢と無縁ではないはず。


だから、忠臣蔵の謎を解くことにはマルクスも解くことのできなかったヒントのひとつが潜んでいる、はず。


今日の風呂敷はこのへんで。
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by yoogy | 2007-12-08 23:51 | 高座

「日記は続く」

「大高源吾」(日本橋亭)。

昨日の山登りの筋肉痛は今日は無い。では歳相応に明日出るかといえば大抵は出ない。あまり優れた筋肉ではないがどうも耐久性だけは高いようだ。いや、まだ出ないとも限らないが。

んで、今日もまた早起きして(もともとが朝は7時までに起きるので早起きというと5時台になる)高輪泉岳寺から三田の慶応大学・イタリア大使館を横切って田町への「散歩ラリー」。これは義士の切腹の三カ所を回るツアーで、「残る一カ所は六本木ヒルズの毛利庭園ですが、あそこは義士の痕跡を消し去ってリーマン・ブラザーズの石碑を立てるようなところですので、今日のテレ朝の天気予報を見たら文句を言ってください」というのがネタ。

あと、お年寄りが多かったので墓所自体には寄れなかったが「荻生徂徠」の菩提寺も通った。この人は江戸時代のまん真ん中にいて「朱子学など妄言だ」と言い切った学者でありでは何を唱えた人かというと複雑で豊穣である。後には「経世思想」となるが乱暴にまとめれば日本で最初に学としての経済に注目したといえなくもない。中公新書の『荻生徂徠』(野口武彦)を読んで以来ファンになった。義士を切腹させたせいで史跡ガイドなどにも相当な誹謗中傷が載っている。そこがまた、イイ、好き。

「人の道をなして人に遠くんば、豈に道たるに足らんや。道にして民を利せずんば豈に道たるに足らんや」痛快!明日の「テロリスト大石内蔵助」に使わせてもらったセリフ。元は孔子と思うが。



珍しく寄席で中トリが取れたのでちょっと肩の力が入った高座になった。
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by yoogy | 2007-12-07 23:49 | 高座

老松古柏影蒼々


山道を一時間ほど。時にはロープを伝うしかないような急坂をのぼって、講談にする禅師の座禅の場所まで登ってきました。正直キツかった。

二年前は浄土宗を調査していろいろ救われましたが、今回は間違いなくどこかで参禅することになるコースをまっしぐらです。

タイトルは、禅師がそこで詠んだという七言律詩の一行。


深山なのに…海が見える…最高の場所でした。




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by yoogy | 2007-12-06 23:45 | 旅行

国宝参観

来年の秋のための取材。
ずいがんじ(変換しない)の立入禁止領域までづかづかと入れてもらう。

明日は山登りで古刹へ。
体力不安。



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by yoogy | 2007-12-05 23:41

歳の瀬か・・・

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今日の高座は『天野野屋利兵衛』。だが、料理屋で、隣との境目が天井近くで吹き抜けになっているため、お座敷モードとしても声量は九割ほどでしかやれなかった。
今日のお客さまは私の『虎仮面伊達裏切』という新作(歌舞伎タイトルに倣って奇数文字タイトル)に感心してご贔屓になったという危篤な方々。なにしろ講談を聞いたこともないのに、その後も呼んでくださるのだから、「ファン」としか言いようがない。それだけに九割は申し訳なかった。それにしても、知り合いの名前に日本の大宰相が何人も登場するのはなかなか壮観。しかもマジらしい。いや、別にどうでもいいか。

写真は帰りに上野の駅で。たまには短歌でなく俳句でも。

「歳の瀬が追い越してゆく日付哉」
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by yoogy | 2007-12-04 23:38 | 高座

ブログ再始動!

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体制を整えて、ちゃんと文章ブログに「日記」をつけよう。
思っているのが、すべての高座の記録を書くこと。これやると、ネタがあんまり多くかかってないことがバレるわけだが、バレてもかまわないために日記を書く。

でも、あんまり営業的にマズイようだとアレなので、とりあえずそろそろと。

今日は木馬亭で「音吉の生立ち」大阪弁バージョン、だけではない、今回は父親も大阪弁。しかも、少し時間がつまっていたので、15分の話を25分に「膨らませて」。「引き延ばして」ではない。先日の大阪での高座に影響を受けて(音声ブログ通り)かなり描写も「増やして」作った。このあたり、「お題講談」の可能な自分には即興でストーリーを逆転させることもぜんぜん可能。いままでそれをやらなかったのが不思議なほどだ。

問題は常にそれが実験ではなく商品として成り立っているか、であって、そろそろ思い上がりつつも着手する頃なのかも知れない。

帰りに三田へ立ち寄ってイタリア大使館まで歩く。これは金曜日の下見なのだが手抜きで(と、こういうことは書かなくていいね)。

写真は慶応の
・・・・・ええいここで、イヤというほど調査時間がかかったわい!
しかも「HOMO NEC VLLVS CVIQVAM PRAEPOSITVS NEC SVBDITVS CREATVR 」
がなんで右クリックでコピーできず、右クリックすると「I Love you!」なんだ。

・・・2000年にできた東館です。上のラテン語は「天は人の上に」です。
慶応の学生はほんとうに今でも「先生」というと福沢諭吉だけなのか?
お札として残ったのは総理と財務大臣が慶応だったからじゃないのか?



てなことでブログはいいのかな?
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by yoogy | 2007-12-03 19:59