講談師・神田陽司のテキストブログ


by yoogy
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カテゴリ:記事( 3 )

【MIXI日記より転載】

※私の携帯電話はdocomoです
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http://www3.stream.co.jp/www11/softbank/ja/press/20100625/index.html

昨日、株主総会のあとに行われた、孫正義氏の講演(?)。会場で聞いた。
本人は「大ボラ」と言っていた。正鵠を射ている。「今後30年のソフトバンクのビジョンを発表します」といいながら、始まったのは「実は300年のビジョン」なんです。「私の人生にとって一番重要なスピーチとなるはずです」語り口はあいかわらずメリハリがないが、これがこの人の話術なのだろう。

繰り返されたのは「情報革命で人々を幸せにする」それが300年のテーマだと。そのために「まず、悲しみとは何か、喜びとは何か」を定義していく。その「減少と増加」が「幸せ」ということだ。なんか、どっかの総理大臣みたいなことを。

いただけなかったのは「悲しみ」の初っぱなに「死」を持ってきたことだ。統計を取ったというが、これはよくない。「死」を扱えるのはたぶん未来永劫宗教だけだ。「死」は医療問題ですらない。「情報技術」が死の問題に触れないのは大前提・・・というか「人の実存において触れない部分」が「死」の定義であることを忘れてはいかなる原理も打ち立てられないだろう。

それでも氏は「悲しみをやわらげること」を「幸福」の定義として語り続ける。なるほど、表面的な「孤独」ならば情報技術でも癒すことは可能だろう。

次に情報革命、なかでもコンピュータの発達について。株主総会であることを意識して(高齢者が多い)「脳のシナプス」にあたる「コンピュータの部品」を「トランジスタ」と言っていた。自分も講談でよくやる手法だ。間違っていなければ即時に理解可能な単語のをセレクトする。「半導体」よりもやはり「トランジスタ」がいい。

うまいのはその単位数が増えてくると、いつの間にか「素子」という表現に変わっている。「あれ? トランジスタじゃなかったのか?」という疑問を抱かせないほどにシームレスに。まるで神田陽司がブレーンに入っているような単語のぼかしかた。

とにかく、あと「8年でコンピュータは人間の脳を超える」と主張。これまた、「8年」がうますぐる。理由は上にも書いたのと同じ。株主のみなさんが「将来」として明確にイメージし得る限界をよく知っている。

その論に根拠を与えるために、コンピュータの発達史が続く。

(この項続く)
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by yoogy | 2010-06-26 18:20 | 記事
もう6倍も芸人の人生が長くなってしまったが、かつて「シティロード」という雑誌の編集をやっていた。

社会人デビューがいきなりマスコミというと華やかなようだが、労働条件などはどう考えても平均以下で、それでもまだバブルの名残りがあったし、「面白い仕事をやっている」感が強かったので今にして思えば懐かしい時代ではある。

なので、自分が雑誌の取材を受ける時にはついつい気を使ってしまう。
一番いけないのは、カメラを向けられると思わずレンズを「よけて」しまうことだ(笑。編集者が取材対象の撮影を邪魔してはいけない。タッタ三年でも、やはり最初の社会人経験の影響は大きい。

「日経トレンディ5月号」(写真)。「都心だから味わえる<龍馬巡り>」の取材を受けた。これがまたこちらの手違いで、当日現場でその旨を聞いた。まあ、いまさら取材に動揺するキャリアでなし、全国放送の生中継ででもなければ普段通りにこなせばいいだけ。

取材されているとだいたい記事の大きさも想像がつく。写真も撮ってるけど、乗ればいいほう。最悪名前とインフォメーションがあればよしとしよう。そういう判断がちゃんとつくところが自分でも…。

てな感じで期待していなかったし、掲載誌が送られてきても最初は気がつかなかったくらいなのだが、そしてやはり写真も大きなものではなかったのだが、下段の紹介記事が「なかでも」というフリから始まっていたのが嬉しかった。

記事自体は短いが、この「なかでも」は、よほど推薦の気持ちがないと使わない表現である。特に複数の並列した取材対象がある場合は「イチオシ」くらいの意味に取ってもいい(はずだ)。

「"龍馬初心者"から"龍馬マニア"まで、幅広いファン層に薦められる」(55p下段)


きました「薦められる」これは、情報誌の記者としては勇気のある表現だ。「定番」と呼べるほど浸透したものでない以上、どんなものでも人の好みはある、「お薦めだ、と書いてあったから行ったらぜんぜんダメだったぞ、金返せ」と言ってくる読者など現実にはいないだろう、というのはシロウトのアカサタナだ。それがわかっているから、自分なら「なかなかいい」くらいの表現にする。そうしておけばクレームが来ても「なかなかいい、というのは自分の感想ですから。いやあ、見る目がなくてすいません」と逃げられるからだ。これがトップ記事などで自分が編集長なら「薦める、とまで言っていいのか?」と問いただすだろう。

たった一文字の漢字がこんなに嬉しいのも、人生長く生きてきたからなんだなあ。しみじみ。

この間の土曜日は大渋滞。だけど、花見渋滞だったので、お客様も満足されたことだろう。

この記事が出た以上、ハードルは高くなると思っていい。精進しましょう。

客観的にみても記事は妥当だと思ってますよ。・・・・ただ・・・・ちょーっと歩く距離が長いのが、バスツアーとしてはアレかなあと・・・。

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by yoogy | 2010-04-05 15:38 | 記事
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今、自分のホームページを見ても、自分の写真の画像が見つからない、捜して捜して、プロフィールにちょこっと載ってるだけだ。

だいたい、芸人のサイトで顔写真が出ていないって、何の意味があるのか。

ふと思い出したのは、真打披露での扉座の横内謙介先生の(先生、でいいかなあ。編集者時代、「先生、を連発するな」と教えられてから、いまだに「先生」を使うTPOがわからない)「作家に対するコンプレックスがあるのでは」と指摘されたのを思い出した。いやあ、本ぜんぜん読まないし、小説なんて、高一の時学年誌で三浦朱門賞をもらって以来一度も書いてない。シナリオずいぶん書いたけど…。

だが、どこかに自分の深層の真実があって、それを評価してもらうためには表層部分をあまり露出したくない、という思いはあるのかもしれない。それが極端に自分の映像の少ないサイトを作らせしめているのかも。

「こんなのに出てます」「こんなことやってます」そういう、前に出て行く意識が乏しいとしか思えない。後ろの方にかまえて「スポットを当てたければ、当てればいいじゃないですか、当てたくなければ、当てなければいいじゃないですか」(小泉さんを真似るタイゾー君ふうに)とかまえているだけなのかもしれない。

20日発売の「WEDGE」誌を読むと、しかし間違いなくタイトルには「目立ちたがりの男」とつけられている。客観的に振りかえれば間違いなく「目立ちたい」ことに重きを置いた人生に違いない。

なんで自分を「推せ」ないでいるのか。

どうもこの壁を突破することが来年の課題のような気がする。



118p~119pです。

でも、写真は出ていません(泣
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by yoogy | 2007-12-19 13:12 | 記事