講談師・神田陽司のテキストブログ


by yoogy
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

カテゴリ:未分類( 44 )

武蔵野大学の生徒さんへ

本日はご静聴ありがとうございました!

すいません「質問はブログへどうぞ」と申しましたが、このブログはすでに
半分放棄状態でした・・・・・・。


あらため、何かかございましたら、フェイスブックの方へメッセージお願いいたします。

http://www.facebook.com/#!/youji.kanda.5

こちらに書いていただいてもいいのですが、お返事が確約できません。

ツイッターで検索していただいても大丈夫です。

どうぞよろしく。

神田陽司 拝
[PR]
by yoogy | 2013-05-30 18:59
家にいることが多い。

時には一週間くらい家から出ないこともある。オーバーではない。数分間コンビニに行くだけの外出を「出る」と表現しなければ一度や二度は達成している。

そういう時、このミクシィ日記を書いて発散する。しばらくして「足あと」を見ると知り合いの名前が表示される。基本的には「顔の浮かぶ相手」のみをマイミクにしているので「おお、この人はこの日記をどう思ったかな」と考えたり、人間の基本欲求である「交流」がこうして代償される。

すでにその「足あと」はない。何日か前から噂は知っていたが「キリ番」がわからなくなるとか、時間が表示されなくなるとか、その程度だと思っていた。まさか「当日」単位ですらわからなくなるとは思ってもいなかった。

次の週にまとめて表示されても、どの日記を読んで行ったかは想像することもできないし、リアルタイムな相手の存在感を感じることはできない。

このことに不満を訴えることはできるだろうが、もとより無料会員でもあるし、日記などという拡張機能よりうまくすれば利益のあげやすい「アプリ」に金を使ってくれという明確な方針の結果であれば、もはや後戻りはないだろう。

たまに「先週の訪問者」に懐かしい名前を見ることがあっても、それはもう同じく過去でしかなく幻を見た夢を見たような、いっそう寂しい感慨を呼び起こすだけかもしれない。

世界は常に変わっている。不変のものなどどこにもない。人も、花も街も風もみんなおなじだ。

たぶん、これからもミクシィ日記は書き続けるだろう。だが、その手ごたえのなさゆえに筆はにぶってゆくだろう。「交流」の代償というだけなら某掲示板の方がリアルタイムだし、より匿名になることを厭わなければミクシィよりも心地よいといえる。

もうひとつ方向がある。

ブログやツイッターやフェイスブックで「猫かぶり」をやめることだ。

仕事上の手段とか、営業目的の部分をほぼすべてとっぱらって、ミクシィ日記と「同じ」で「オタク系講談師」ではなく「神田陽司」として発言することだ。

いや、この日記だってそれなりに気は使っている。差別的な表現や後あと恥を書きそうな感情に任せた叫びなどは控えている。ならば、別に公の名前で書いてもそれはかまわないのではないか?

もともと、せいぜい主に十数人に向けてのメッセージであり、数人の足あとしか見込めてこなかった「ミクシィ日記」から卒業するチャンスなのかも。

「脱原発は日本の国益を損なわない形で進められるべきである」くらいの「発言」は自分の責任でちゃんとできる人間になってみようかと思う。
[PR]
by yoogy | 2011-06-14 17:10
『仁~JIN~』第二話終了。
http://www.tbs.co.jp/jin-final/

「おれは、なぜこの時代に送られたのだろう。神は、おれに何をさせるつもりなのだろう」タイムスリップものではよくある主人公の疑問。しかし、わかる、自分には。この問いは何も異常な経験をした仁だけに向けられたものではないと。すべての「人」が問うべきものであると。

原作にはないキリスト教的な「神」というセリフの連発にも関わらず、そのバタ臭さ(この表現も死語だなあ)に違和感を感じたとしても、やはり主張のしっかりとした物語は素晴らしい。「道具立て」が「説教臭さ」を見事に相殺して全体を盛り上げている。ひとこでいえば、絶賛。

ところでこんなニュースがある
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「太陽電池の変換効率を20%から75%に改善。 東大とシャープが構造解明」なんというタイムリーなニュースなんだろう? これ、震災後に研究をはじめた訳じゃないよね? なぜ今発表されたの?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今週の『仁』の概要。江戸に蔓延する「江戸病」=脚気の克服のため治療薬を作った仁がそれを皇女和宮に献上する。だが、陰謀に巻き込まれ投獄され、リンチにあう。治療やリアリティあふれる大牢の描写に視聴者が引かないか心配だ。

少々ネタバレになるが、この裏には幕府で長年医療を支配してきた「医学館」の陰謀が匂わせられている。実はいまよりずっと身分の低かった(認可制ですらなかった)江戸時代の医者にとって「奥医師」(大奥や将軍家を診療できる医師)になることは一大権力を握ることであった。鎖国状態で科学全般が停滞せざるを得ない江戸時代にあって彼らの出世の方法は医療技術の向上ではなく「処世術」でしかない。司馬遼太郎あたりを読むとそれこそ太鼓持ちと変わらぬほどに描かれている。

そこへ入ってきたのが西洋医学である。ペリーが来るまでは実質的な鎖国が続いていたが、それでも必要から医学書の輸入だけは許され、医師であるシーボルトなどは特例的に日本中を歩けた。まさしく「技術革新が必要から」体制を揺るがしたのである。

お分かりだろうか? なぜ『仁』の話に何の関係のもない太陽電池のニュースを挿入したか?

いますぐに原発をすべて捨て去ることなど現実的ではない。またこれからの日本のことを考えると安易に廃止の方向を打ち出してはいけないいうことは十分に理解できる。しかし、果たして原子力は、現代の「奥医師」でなかったと言い切れるだろうか。

自然エネルギーに代替を、という話題をネットでふると「頭の中お花畑だろ」と反論される(何も原発を廃止しろ、なんて言ってないにもかかわらず)。「技術的にも未熟なものを代替にできるわけがない」と実にまっとうな反論である。それを認めた上で、では、「革新的な技術の進歩を、半世紀前の技術である原子力が体制化することで疎外するようなことはなかっただろうか?」と問いかけると誰も理解しない。

『仁』の原作は決して「東洋医学」=遅れた保守勢力、「西洋医学」=革新勢力という構図を煽りはしない。むしろその統一をめざす。それは原作を最後まで読むと胸に染みてよくわかる。テレビではわかりやすさを求められるためそこが単純化されないか心配だ。そして自分が主張したいこともそこではない。


ううむ。なんとなく、黒鉄さんの「千思万考」みたいになってしまった。
[PR]
by yoogy | 2011-04-25 11:56
震災発生を挟んでこの一カ月の日記のほとんどを、このブログにアップしました。



いろいろな反省の意味をこめて。


楽天的だったおのれへの懲罰もこめて。


すべては、これから始まるのかもしれません。

[PR]
by yoogy | 2011-04-03 15:55
明日あたりのニュースショーではトップにくるだろうか? こなかったらこなかったでそれもちょっと怖いが。

山岸涼子の「パエトーン」という漫画が料金フリーで公開されている。それを読むと「プルトニウム」の毒性が強いことで原発の恐怖が描かれている。いまの現実を見る前なら「杞憂杞憂」と一笑にふしてしまっていただろうが。

さて、明日「毒性の強さ」だけが強調されるとヘタするとパニックが起こるかも知れない。ただ、私のにわか勉強をするかぎり、私のネットリテラシーにおいて、いままでのヨウ素やセシウムのように、風に乗って何十キロも飛散するようなものではない。もちろん、検出された事実が示すところのものは大問題だが、それとて、一部では当初から予想されていたもので、いま騒ぎだすことではないのだ。

心配するのは、なんというか「物語的に」ハマッてしまうと群衆はまさしく核分裂のごとく連鎖反応を起こす。かつて地球温暖化が問題にされ始めた時、やたらと「洪水」のイメージが強調された。「南極の氷が溶ければ海面が数十メートル上がる」これを明確にイメージできる知性・感性のある人間はそのイメージだけで温暖化の恐怖を刷り込まれることになる。

お気づきだと思うが、この「イメージ」はあまり使われなくなった。温暖化問題の総本山のIPCCの報告書ですら否定されている。南極の平均気温はマイナス50度、もし南極の氷が全部溶ける時には人類は溺れる前に暑さで死滅している。

けれど「洪水」という神話的なイメージのもつ力は絶大で、いまでも温暖化の先に「洪水」を思い描く人はいるはずだ。

「プルトニウム」プルート、冥土の王。メイド喫茶の王ではない。この「イメージ」が先行するとヘタに知識のある人の方が率先してパニックを起こしかねない、そして、善意から人々に喧伝しかねないと思う。

もちろん、専門家でない自分が安全だと言う根拠は何もない。ただ自分は、イメージを「物語る」職業のものとして、プルトニウムの「神話作用」(ひさびさに記号論の用語を使ったな)に流されず、冷静にと呼びかけたい。

まあ、自分を知ってくれているであろう人の多い「日記」でしか書く自信はないのだけどね。

それにしても・・・それにしても・・・。早く「復興の物語」のページをめくらせてほしいものだ。


(MIXI日記より転載)
[PR]
by yoogy | 2011-03-29 15:48

私の涙は軽い

一日に2回くらいは泣く。物理的に涙が出る、という意味だが。もちろんアクビなどではなく、感情の高揚で。主因はテレビとネット。文章でも簡単に泣く。演出にもコロコロひっかかる。

震災以来、悲しみの表現も感動の表現もテレビには溢れ、批判すべき大安売りの現実の切り売りにもすぐに籠絡される。二時間もテレビを見ていると体内の電解質が不足してスポーツドリンクが必要になるくらいだ。

だから、そういう「意図的な」もので泣く場合は深い意味はない。

『もしどら』のみなみがドラッカーを読んで流す涙はそんな軽いものではない。(3/10の日記参照)。それは世界の深遠に触れた感動の涙であり、その場かぎりのものではない。

今日、ふと「意図されぬ」涙が出た。

「JR東日本は28日、運転を見合わせている東北新幹線を4月下旬に全線で運行を再開する見通しであると発表した」というニュースを耳にした時だった。

「そういや開通したばっかりだったな…」と思った瞬間だった。



・・・・ほんの三週間前のことだ。どれだけの人の手をもってこの青森まで開通したんだろう。そして、どれだけの人がよろこび、また、そこに乗るはずだったんだろう。当然、それを使うのは今回の地震で最も大きな被害を受けた地域の人々だったはずだ。


運転再開を喜ぶ涙ではないのだ。総延長674.9kmの、新幹線を一度は利用したであろう、これから利用するであったであろうすべての人々の、どれだけの日常が、どれだけのよろこびが、どれだけの笑顔が、このわずかの間に失われてしまったのだろう。存在したはずのどれほどの感情が、どれだけの涙が、流れることも知らず消えてしまったのだろう。






流れる涙の物理的現象は同じだ。化学的成分も変わりはあるまい。だがこれは、ドラマを見て流す涙とは、自分の中ではほんの少しちがう。



今日、はじめて、今回の震災を実感したということだ。
[PR]
by yoogy | 2011-03-28 15:46
上野・本牧亭土曜講談会にて。

「どうもいけませんね、水まで安心に飲めないっていわれると不安になってしまいますね」
(α線、β線、γ線などをたとえ話で紹介して…)
「たとえば水に入ってると言われるヨウ素131は数値が210ベクレル、とかいうんですが、100ベクレルというのはこう(ゆっくりパンチを出す)いう感じ、200ベクレルはこういう感じ(倍のスピードで)300は…」
「でも、このパンチにもいろいろ種類がありまして…、これから受けるダメージがシーベルトなワケで、赤ちゃんなんかはこういうゆるいパンチでもダメージを受けるので、大人は大丈夫なわけで…」
(水を買い占めてますけど、40歳以上は安定ヨウ素剤すらもらえない、という話をして…)
「でもね、考えてみれば放射性物質なんてのは日常的にも身近にあるわけなんですね。たとえば、みなさんの飲んでるそのビール、その中にも含まれてるわけですよ。カリウム40という放射性物質が、5ベクレル入ってるワケです。で、その半減期はですね、ヨウ素131だと8日ですが、ビールのカリウム40の半減期はどのくらいだと思います?」
「まあ、ビールなんて半日もせずに酔いもさめちゃうくらいだからせいぜい一日? 二日? いえいえ、ビールの中に含まれてる放射性物質の半減期はですね………」








「じゅうにおく、ななせんななひゃくまんねん」「です」








ただ事実を言っただけなのに、これは受けた。

もちろん、これは当日お運びいただいたお客さまの不安を和らげるためのネタなわけですが、政府の発表を信じる限りはヘンに不安になっても仕方ないと思うわけです。原発は今日も四機とも元気に煙を吐いている。復興への希望どころか、現在の被災者への不安をも煽り続ける(いや、現実に「犠牲者」を生み出し続けている)この問題は徹底的に追求されるべきだと思っています。
[PR]
by yoogy | 2011-03-27 15:43

http://www.t3.rim.or.jp/~yoogy/page030.html


なんかね、ダメですね。文章とか。

最近はこの日記に屁理屈ばっかり書いてるもんだから、どうもその、真情が伝わるような文章になってませんね。

まずはこの広報についてののご批判・ご意見をここに書いていただければありがたいです。文書やデザインも変えます。あと、メールがよくない。クリックひとつで送れるようにしいたんだけど、いまごろjavaでいいのかどうか。HTMLを手書きでメモ帳に書いてた時でスキルが止まってます><;。

何かしなきゃいけないんだけど、自分にできることは何だろう。考えてみましたがこれがいまのところベストのような。

現地に行かなきゃと思うんですよ。江頭2:50さんさえちゃんと行ってるのに(彼は長野のデモにも来ていたなあ)。

神戸の時の経験上、自分が現地に行った上での成果と天秤にかけて、今はこちらを選択しました。

来週からは計画停電がない日もほぼ完全節電にしてみようかな、とも。
[PR]
by yoogy | 2011-03-25 15:41
今日からは阪神・淡路大震災の時の経験を書こうと思ったが、東京はいまだ「発災中」のようだ。とても過去を振り返って未来を展望できるレベルではないようだ。なので日記。

今回のことは徹底的に検証されなくてはならない。政府の初動対応をどうだったか、安全性についての備えに不備はなかったか。コスト計算とともに検討し直さなくてはならないとともに、だいたい人命のかかった問題を単にコストとして処理していいかどうかも議論されなくてはならない。マイケル・サンデル氏の本ではないが答など出ない問題も常に論議される続けることでその平衡を保つことができる。

今を去ること四半世紀、エンターテインメント情報誌に就職して右も左もわからぬ時、古参の社員が大いに議論していた。チェルノブイリの問題を巻頭カラーで扱ってよいかどうか。エンターテインメント誌にふさわしくない、いや、これは重要な問題だ。自分はどちらかといえば「ふさわしくない」派だったがもちろん新入社員は口など挟まなかった。よもあの時は己が身にシーベルトとかベクレルとかいう怪獣が襲いかかってくるとは思わなかったが。まあ、いまでも意見自体は変わらないだろうが。

「大人は300ベクレルまで許容値」っていう条文が震災後に決定したという情報を目にしたが確認もせずスルーしてしまった。確かめてどうなる。そんな諦念が起こってしまう。国は国でパニックが起らないように努力してるんだろう。なんとも鎖国安定期の長かった「お上のやることに間違いはございますまいから」日本人的な発想だ。来月には崩壊する可能性の高かった内閣なのだがなあ。

情報が定まればやることも決まってくる。三鷹の水が96%以上金町浄水場のものではないと知った瞬間から米を炊く意欲もわいてくる。情報自体を疑いだしたらキリがない。だが、「地球温暖化、人為的CO2起源論」を疑って以来何もかも疑えば疑える気がしてきてしまう。「自由という刑」とツイートしたのはサルトルだったか。いったいどこで不自由(情報受容)と折り合いをつけるのか。

テレビでは「210ベクレルなら安心」と繰り返す。この情報も、明日310ベクレルをカウントしたらどうするのか。それとも今後この値が出ないことを見込んでの発表なのか。そうシナリオを書いて上演を始めた途端に一号炉のトラブルなのか。

けっきょくどこかで「騙すなら騙せ、おれは信じるよ」という地平を定めなくては何もできない。理想は「お上におまかせ」の発想から「お上」をも含んだネットによる情報共有の「集合的叡知」を存在させることだ。高いリテラシーと知性と感性が必要だ。

なんだ、やるべきことは決まってくるではないか。
[PR]
by yoogy | 2011-03-24 15:39
東京に帰ってきた。

母の治療のために一週間、兵庫県にいた、いちおう、予定を一日早めて戻ってきた。

午後9時に新宿の高速バスターミナルに着く。

「暗い」それが東京の第一印象だった。これが午後9時の東京なのか。

地震発生時には築地にいたし、それから数時間歩いて自宅に戻った。次の日も本牧亭のトリは決行したし、その次の日の早稲田の校友会のイベントは予定通りだった。その時には誰もまだ、いまの混乱を予想だにしていないように見えた。二次会の帰りにJRの駅員に聞いても「明日のダイヤについて変更の予定は何も聞いていません」という答えだった。

東京の「震災」はこのあと始まったのだ。iPadのおかげでわずか三時間で三鷹東京駅を経過して、そのあとは関西から「高みの見物」だった。

それでも兵庫県人は地震の痛みを知っている。すでに串カツ屋にすら募金箱が置かれている。「東京は大丈夫でしたか?」と聞かれるたびに「東京は、阪神大震災の時の大阪ですよ」と答えた。だが実際にはもう少し深刻だった。

ひとつ前の日記に書いたことは能天気だったかも知れない。だが基本は間違っていない。

「義務は受け入れる時は味方となる」(モンゴメリ)

電気を使って書くだけの意味があることを、明日からは書いてゆきたい。
[PR]
by yoogy | 2011-03-23 15:38