講談師・神田陽司のテキストブログ


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「講談・原子力発電」【メモ】

今日本牧亭でかけたら、10分の長さに育っていた。まだマクラにしかならないが。

テレビで見ると、フランスでは畑の隣に原子力発電所があっても完全に平気になっているという。

この問題は「業が深い」。昨日、宇宙関連の問題にかまけて書いた通りだ。

この間ネット上で議論した内容を忘れないうちにメモしておこう。


原発の是非の議論をすぐに「ライフスタイル」や「文明論」に直結するのは間違いだと思っている。『未来少年コナン』のように、「人々は誰でも緑の中で暮らしたいと思っているのです」と32年前に宮崎駿が書いた理想もそうそう簡単には適用できない。

本人がどこかで使うかも知れないので名は秘すが、ある芸人の親戚が「こんな状況だからこそ」原子力発電を推進しなくてはならないという。そして引退していたのがわざわざ現場に戻っていったという。いわく「いま原子力発電を手放したら発展途上国はいつまでも貧しいままだろう」という使命感に燃えたのだそうだ。

私自身は「火力で補えるものは火力でおぎなえばいい。何も文明論にまで話を広げなくてもいいと思う」。これは少し前までならかなり発言しにくかった。この日記は最近ブログに転載しているが今日はどうするかな? 後出しジャンケンのようだが、ミクシィの日記でここ何年か「地球温暖化(人為的CO2主因説)懐疑論」に触れてきたことを説明せずには暴論に見えるかもしれない。

思えばこの問題とのつきあいは古いのだ。

高校生の時、生徒会の副会長をやっていたから、いまから31年前だ。ある日、大阪市立大学(だったと思う)のおにいさんたちが、生徒会室にやってきた。

「われわれは原子力発電に反対するものです」と、大阪弁とは微妙にちがったイントネーションでまくしたてた。その頃には『未来少年コナン』の洗礼が終わっていたので、まだバブルも迎えていないながら「エコ」にも感心があったし、自分としては熱心に聞いていたつもりだ。

最後のそのおにいさんたちは「この運動を通じて、国家体制の変革を」とまで言い出した。これはかなり聞き手が熱心なのを見てとったのだろう。

高校生の時、けっこう「反体制の闘士」だったように思う。一番熱を入れたのが「再制服化」制度に対してで、高校が私服可だったのが完全に制服に統一しようとする「逆コース」の時期で、高一ながら先頭に立って学校側と戦っていた。(30年後に夏と冬あわせて二本しか履けるズボンのない人生を生きるとも知らずに)(いまからでも日本は自民服を強制してほしい)。

とにかく、「国家体制の変革」を高校生に説く大学生がいた時代なのだ。学校のどこかには「県尼全共闘」という文字もあったと記憶している。

おにいさんたちが帰ったあと、一年先輩の書記長がポツリとつぶやいた
「でも、僕は原子力しかないと思うんだがなあ」。当時の進歩的な高校生ならすこし背伸びしてこういうだろな、と一年下の自分は客観的に聞いていた。

福島原発一号機の着工日は1967年である。アレは、自分が物心つく前からあそこにあるのだ。

そうそう、ネットの論争だ。「火力じゃダメだ」と押しまくられた。それはCO2問題ではなく「石油の確保が国家の安全に直結してしまう。エネルギーの根幹を不安定な石油に依存するのは危険だ」「いつオイルショックと同じことが起こるかわからない」この反論は愚かしい。ほうほう、今回の危機がオイルショック以下だというのかね? 実際、オイルショックと同じ総量規制が発動される上に汚染の問題が無限に広がっているではないか。

原子力発電の問題を、CO2の問題とも、ライフスタイルとも、政治運動とも切り離した上で見直さなくては未来は見えてこないのではないだろうか。だが、50年以上の時の中で、この問題には人の手垢がつきすぎている。こんなやっかいな問題を「物語」にする術などあるのだろうか?


(この項、いつか続く)
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by yoogy | 2011-04-11 07:19 | 高座