講談師・神田陽司のテキストブログ


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坂本龍馬の子孫と会った日

「出会いというものの素晴しさを語ってくださいね」



坂本龍馬に直系の子孫はいない。
姉・千鶴が高松家に嫁ぎ、そこで生まれた南海男(なみお)を、兄・権平の養子として迎えたのが坂本本家五代目当主となった。つまり、坂本家は龍馬の甥が継いだことになる。

その南海男は自由民権運動家となり、ほんの一時期だが日本で初の女性参政権を土佐で実現し、やがてキリスト教に入信して北海道開拓にその身を捧げた。名を直寛と改めていた。その直寛かぱかぞえて四代あと、坂本本家の九代目当主が写真の登氏である。

私は「血統」ということに絶対的価値を見出さない。純粋に科学的な議論以外で「DNA」という言葉が出て来ると拒否感を感じる(いわく「民主主義のDNA」みたいな比喩)。「生みの親と育ての親」ならその期間にもよるが育ての親に決まっている。なにもブレヒトの『コーカサスの白墨の輪』を気取るわけではないが。

そんな自分でも「坂本龍馬の子孫」となるとさすがに感激はあった。登氏はおだやかな方で初対面の私にも旧知の如くに話しかけてくれた。こちらからは最初は緊張感はあったが、すぐにほぐれていった。時折見せる鋭い目つきに龍馬を想像することはあったが、目の前の人物に先祖であろうと他の人物を重ねることは失礼と思うので勤めて平常心で話すようにした。

どこかの政治家ではあるまいし、ツーショット写真を撮って、ましてやネットで公開して自慢する気などなかった。しかし、その場にいた人たちが嬉しそうに撮影しているのを見て、ついお願いしてしまった。

そしてそのあと、大胆にも「坂本龍馬の講談を一席」と主催者に頼まれ、『坂本龍馬と普通選挙制の出会い(龍馬と勝)』」を短縮版で披露した。
登氏をはじめ酒席途中の講談であるにもかかわらず、20名ほどの出席者がしわぶきもせず聞いてくれた。

のでいい気になって「この話は、全国の高校生などの前で、龍馬に自分を重ねて、どんな暗雲の時代にも希望を持て、というメッセージをこめて口演しています」などと「講釈」たれてしまった。

その後、坂本登氏にそっと言われたのが冒頭のセリフである。

この時、私は龍馬のイメージを重ねたものではなく登氏本人の人柄に触れ、本当によい出会いができたと感じてネットに書こうと思った。そして今書いている。

歴史上の人物の子孫というイメージはともすれば熱狂的な支持者のフィルターの重なった目を通して自己流に色をつけられがちだ。きっとそんなふうに見られた経験も多くあったろう。それを踏まえてなお、龍馬の魅力の本質を「人との出会い」と考える。まずそう考えた登氏を尊敬し、そこからさらにもう一度、歴史上の自分が知る龍馬と重ねることができた。

本当に「出会いの素晴しさ」を感じた一夜であった。




(主催「龍馬、108女人会」@「蔵元龍馬」プレオープンパーティ)
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by yoogy | 2009-12-15 14:04